狐鋼色の思い出 エリ編
序章 檻の中
……ここはどこ?
目の前にあるのは縦に伸びた棒。
それが横に何個も続いている。
見上げるとそれは天井に続いているように見えた。
周りは真っ暗。
四角い何かから差し込む光だけが眩しく私の姿を照らし出す。
ここがどこにしろとにかく外に出なきゃ。
私は外に出ようと棒の隙間に体を差し入れるがうまくいかない。
どんな角度から、どんな強さで押してもうまくいかない。
「ふぅ……」
結局ため息をつきながら隙間から体を離すしかなかった。
諦めて床に座り込む。
すると周囲の闇から誰かの声が聞こえてくる。
「おや、珍しいなこのあたりに北極ギツネなんて」
「さぞかし珍しいだろうな、こりゃきっと大目玉になる」
「貴重な商品だ。丁寧に扱われるだろう」
「いいや、それはどうかな。もしかしたら厳しい訓練をさせられるかも。ムチで体をバシンと叩かれて!なんてったって動物園だからな。芸が出来なきゃ意味がない」
姿が見えない彼らが何を話してるのか分からない。
ただ分かるのは彼らがおそらく私の話をしているであろうこと、そしてどれだけ動物園が恐ろしい場所であるかということ。
「さぁ、もうすぐ動物園だ」
私はその恐ろしい動物園に連れていかれてしまいのだろうか。
嫌だ……絶対に嫌だ。
「おい!向かいからトラックだ!」
次の瞬間凄まじい衝撃が私を襲った。
世界が一瞬で回転する。
床が天井に、天井が床に。
私は天井に叩きつけられた。
体がとても痛む。
「痛てて……」
何があったのかおそるおそる立ち上がる。
見ると大きな壁が開いていた。
そこから眩い光が飛び込んでくる。
後ろを見てみるとたくさんの箱が床に転がり落ちていた。
そして四角い箱の中では色々な種類の動物が血を流して倒れていた。
もしかして私もあんな風に……?
途端に恐怖が芽生えてくる。
私はとにかく外に出たかった。
光に向かって走る。
痛みを承知で棒にぶつかった。
棒がバキンと何かを弾く様な音を響かせた後ゆっくりと離れる。
よかった、出られた……!
私は光の中へ飛び出した。
着地した場所の感触はとても堅い。
「堅い……何これ……」
地面をちょんちょんと前足でつついていると巨大な何かが凄まじい轟音を轟かせて走ってくる。
「嫌っ……!」
反射的に地面にしゃがみこむ。
私の上を生温かい風が通過していく。
それが終わると私は一目散の木々の群れへ駆けだした。
絶対にあの動物達の様にはなりたくない!絶対に動物園には行きたくない……!
*
あれから何時間森の中を彷徨っただろう。
私の体はクタクタだった。
お腹が減った、喉も乾いた。
でも一向に食べ物はおろか水だって見つからない。
一体どこまで歩けばいいのだろう。
しばらく歩いているとおいしそうな匂いが漂って来た。
それをたどって移動する。
小さな男の子がベンチに座って何かを食べている。
食べ物だ……!それもとっても美味しそうな!
私は駆けだした。
そして男の子の前で立ち止まる。
その食べ物はフワフワのスポンジみたいな感じだった。
「私にも頂戴」
しばらく男の子は私を見つめていた。
「お母さん!狐さんもパンほしいって!」
「狐……?」
奥の方から別の足音が近づいてくる。
男の子よりも大きな女性だ。
きっと彼のママだろう。
あれ……私のママは?
今はそんなことどうでもいいわ。
頭を振って余計な考えを振り払う。
もうお腹がペコペコで死にそうだ。
「お願い私にも頂戴」
男の子のお母さんは私を見ると悲鳴を上げた。
「シュン君早く離れなさい!」
お母さんが男の子を抱え上げ走り足で移動する。
待って、私も連れてって。
私も反射的に後を追った。
早くあの食べ物がほしい。
そんな私に気がつくとお母さんは近くにあった木の棒を手に取り闇雲に振りまわしてきた。
「この汚いキツネ!とっととあっちへお行き!しっし!」
お母さんの声に圧倒され私はその場から逃げだす。
でもはたしてこれからどこへ行けばいいの?私はどこまで走ればいいの?
*
……。
私はその場にグッタリと倒れこむ。
もうダメだ。
お腹も減って、喉もカラカラ……体もボロボロ。
私の体は木の枝や砂利石で傷ついていた。
ところどころから血も流れている。
でももうそんなのどうでもよかった。
……もう何もしたくない。
その時どこからか声が聞こえた。
「諦めないで」
私はうっすらと目を開ける。
私の目に前に朱色の毛色をしたキツネが立っていた。
周りでは小さな炎が燃えていてそのキツネがただならぬ存在であることを示している。
「あなたは誰……?」
「私は朱蓮。この神社の神使だ」
「シンシ……?」
私の問いかけに朱蓮はやさしく答える。
「神様の使いさ。私は君を助けるためにここにいる」
神様の使い……?じゃあ私を助けてくれる……?
「君はどうしてほしいんだ?」
「……食べ物がほしい……水も飲みたい……」
「おお、確かにそうだ。こんなに痩せてしまってかわいそうに」
そう言うと朱蓮は私の目の前に小さな木の実を置いた。
「これを食べなさい。たちまち元気になる」
私は弱弱しくそれを咥える。
「さあ、噛んで」
言われなくてもやってる。
でも木の実は堅くて全然噛めない。
「力を込めて。生きたいだろ?」
うん……たしかに生きたい。
私は精いっぱいの力を歯に集中させた。
次の瞬間木の実がゴリっと音を響かせて真っ二つになる。
甘い味が口中に広がる。
実はすぐに口に溶けてなくなった。
それと同時にお腹の空腹もなくなる。
体に力が込められる様になり、私はよろめきながらも立ち上がった。
朱蓮の正面に座る。
彼の姿を見て改めて朱蓮を見て彼が自分とは別次元の存在だと思い知った。
「水も飲みたい」
「お安いご用さ」
そう言うと朱蓮は私の目の前にひしゃくを置いた。
中には水が入っている。
私はすぐさま口を突っ込んだ。
水が口の中に流れ込み、乾きを癒す。
水はすぐに空になった。
「どうだい飢えはおさまった?」
「うん……ありがとう」
私はペコリと頭を下げる。
「お礼を言われるほどのことじゃないよ。全ての生命を助けるのが私たち神使の仕事だしね」
にこやかに笑うと朱蓮は私の頭をポフポフと撫でてくれた。
その時ふと私の頭に疑問が過る。
私はこれからどうしよう……?
「それは君が選ぶことだ」
朱蓮の言葉に私は驚く。
どうやら彼は他の動物の心が読める様だ。
「私が選ぶ?」
「そう。君が選ぶんだ。この森で暮らしても良いし町へ行っても良い」
「マチ……?」
私は小首を傾げる。
マチって何だろう。
「君はマチを知らないのか。マチと言うのはね人間が作ったそれはそれは大きな場所なんだよ」
大きい場所……?とっても楽しそう。
だんだんとマチに対して興味が湧いてきた。
「……それは何処にあるの?」
「君は町に行きたいのか」
朱蓮の言葉に私はコクリとうなづく。
「残念ながら君の様なキツネが町に行くことは出来ない」
そんな……。
ようやく見つけた希望を打ち砕かれた思いだ。
私はガックリと肩を落とす。
「君はそんなに町に行きたいのか?」
もう一度うなづく。
「仕方ない。特別に君に人間の姿をあげよう」
そう言うと朱蓮は私に向かって手をかざす。
手のひらから漏れた光が私を包み込んだ……。
作品名:狐鋼色の思い出 エリ編 作家名:チャーリー&ティミー