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激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに

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「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
 高見沢一郎は殊勝にも念仏を唱えている。その上、手まで合わせて拝んでいる。先祖の墓参りにも滅多に行かない高見沢が、珍しいこともあるものだ。
 それにはきっと何か魂胆があるに違いない。

 実はそうなのだ。
 ここは京都一乗寺下り松を少し上がったところにある圓光寺(えんこうじ)。高見沢は小さな墓の前で背を丸くしてしゃがみ込んでいる。
 その小さな墓石に彫られている名は──〔村山たか女〕
 そして法名は──〔清光素省禅尼〕(せいこうそしょうぜんに)
 高見沢は合わせた手を今度はあごのあたりに持って行き、少し考え込んだ風にぶつぶつと独り言を呟く。
「村山たか女さん、貴女を追っかけてついにここまで来てしまいましたよ。貴女はこんな所で静かに眠っていたのですよね。ホント感激だ! だけど一度でいいから、たか女さんに逢ってみたいなあ。貴女とお茶したいんだよなあ、そして貴女の生涯について、一杯訊きたいのですよ」
 高見沢はふーと大きく息吐いた。
「まあ遠慮なく言ってみますとね、まずその一つは、井伊直弼(いいなおすけ)から長野主膳(ながのしゅぜん)に心変わりをしたでしょ。なんで直弼から乗り換えたの? 一体何があったの? 貴女の本当の気持ちを教えて欲しいんだよなあ」
 高見沢の独り言が止まらない。
「調べたところによると、貴女が関系持った男の数は四人だったのと違うかな? 一人目は、金閣寺の坊さんに囲われたよね。なんで坊主なんかに、と言いたいところだが……、まあ芸者として生きて行くためには、仕方がなかったんだろうなあ」

 高見沢は今度は墓石にもっと訴えるためなのか、スーと立ち上がった。
「だけど若くてめっちゃベッピンだった村山たか女さん、最初に坊さんに抱かれてしまったと思うと……俺は口惜しいよ」
 高見沢は唇を噛み締める。
「二人目は、結婚相手の多田一郎だったね。こいつは別れてからも終生貴女にスト−カ−したヤツだね。幕末スト−カ−男だよ。なんでこんなヤツと夫婦になってしまったんだよ、これも口惜しいよ」
 高見沢の恨み節が止まらない。
「三人目の男は、これぞメジャ−の井伊直弼か。大老まで出世して行く男、三人目にしてうまく捕まえたよね。だけどね、俺のひがみかなあ、これはもっと口惜しいよ」
 高見沢は頬の辺りを無意識のまま撫でている。
「そして四人目が、直弼の参謀でもあり、友人でもある長野主膳か。この最後の男がよほど好きだったんだよなあ」
 高見沢は今度は哀れっぽい顔付きとなる。
「それで長野のために、身の危険を冒して、女スパイにまでになってしまって……。男と絡めた絆、だけどその揚げ句の果てに、三条河原で‘生き晒しの刑’か、ほんとスゴイよ。波瀾万丈の女の生涯だったんだよね」

 高見沢は‘たか女’の生き様を思い浮かべ一人感銘している。さらに、「たか女さん、アンタはキリッとした幕末美人、女スパイだったよね。俺がもし幕末に生きていたら、無理は言わない、五人目の男で良いから、仲良くお付き合いさせて欲しかった……だろうなあ」
 高見沢は墓石を愛おしそうにさすりながら、こんな不埒なことをほざいてしまう。罰が当たりそうだ。しかし、高見沢はそんなことを別段気にしている風でもない。そして、いつになくまじめな顔付きで、村山たか女の苔むした墓に向かって、もう一度手を合わせるのだった。