表と裏の狭間には 八話―運命の文化祭―
だから、こうするしかなかった。
午前シフトの人と入れ替わる直前、私は紫苑君に言った。
「紫苑君。」
「なに?」
「お仕事が終わったら、宴の時、教室まで来てください。お話があります。」
「…………?」
その時の紫苑君はきょとんとしていたけど、私はそれ以上顔を見られなくて、逃げるように厨房に入った。
この学園の文化祭のラストには、宴というものがある。
一般客も帰った夜。
校庭を片付け、机を並べ替え、飲み物や菓子を大量に調達し、更には余った売り物までかき集めて。
打ち上げのパーティーを行う。机は、円を描くように設置され。
円の中心、校庭の中央には。
巨大な、キャンプファイヤーが設置されていた。
既に宴は始まっており、櫓には煌々と炎が灯されている。
天高く燃え上がる紅蓮の舞が、校庭、更には校舎内までを明るく照らす。
赤く染まった夜の中、生徒たちは互いに互いの功績を讃え、教師も交えて談笑する。
それは、火が燃え尽きるまで続く決まりらしい。
最低限の片付けは教師が担当し、本格的な片付けは次に登校した時らしい。
生徒は自由解散のようだ。
さて。
そんな宴の最中。
俺は、昼に蓮華に呼ばれたとおり、自分の教室に向かっていた。
俺は軽く回想する。
顔を真っ赤にして、叫ぶように言った蓮華。
俺と文化祭を回ってるときも、何か様子おかしかったし。
本当にどうしたというのだろう。
だから、蓮華が心配だった俺は、教室へ若干早足で向かった。
扉を開けると。
赤々と照らされた教室に、既に蓮華はいた。
この教室は校庭に面しているため、余計に炎の明かりが取り込まれるのだ。
その光の中に佇む蓮華は。
形容のしようがないくらい、綺麗だった。
紫苑君は、私の大切なお友達だ。
私に話しかけてくれ、友達になってくれた。
いつも一緒に居てくれ、私の寂しさを紛らわせてくれた。
彼と一緒に行動するようになってから、私にも、徐々に友達が増えた。
みんな、紫苑君のお陰だった。
いつも優しくて、私が落ち込んでも、悲しんでも、何があってもずっとそこにいてくれて、慰めてくれた。
そして、私に勇気をくれた。
友達という、勇気を。
私が、クラスに馴染み、楽しい生活を送れるようになる、そのきっかけを。
最初は、それだけだった。
それだけだった、はずなのに。
いつの間にか、彼に恋していた。
彼がクラスのために奔走する姿を見ていると、まず、胸の鼓動が少しずつ、大きくなっていった。
どきどきと。
そして、ある日。
彼の笑顔を、不意に見た。
それが、とどめで。
後はもう、転がる石のように、一気に。
最初は隠そうと思った。
彼には雫ちゃんがいる。
でも、無理だった。
溢れる泉のように、留めておくことなど出来はしない。
だから、私は―――。
「待ってましたよ、紫苑君。」
「ああ。待たせたなら、悪かった。」
蓮華とそうやり取りしながら、窓辺に歩いていく。
窓からは、キャンプファイヤーと、下のほうで動く生徒たちがよく見える。
「で?話って、何だ?」
俺は、蓮華に向き直る。
蓮華もこっちを向き、俺の目を真っ直ぐに見る。
炎に照らされた彼女の顔は、赤い。
これ以上なく。
紅潮した様子の赤い顔色と、炎の紅い光が混ざり、これ以上なく綺麗だ。
彼女は、どこか怯えたように、しかし毅然と、俺の目を見て、一つの言葉を放つ。
「紫苑君。」
それは、俺が全く予想していなかった言葉。
「私は、紫苑君が、男性として好きです。」
今日は、俺が生涯忘れることのない、運命の日。
「もしよろしければ、私と付き合っていただけませんか?」
人生は、何があるか分かったものじゃない。
続く
作品名:表と裏の狭間には 八話―運命の文化祭― 作家名:零崎