こんな夢を見た
第五夜
こんな夢を見た。
光点の向こうから音が聞こえてくる。
雑踏。人の話し声。太鼓の音。楽器の音色。ごろごろと山車を牽く音。
目を覚ますと目の前に円い蛍光灯がぶら下がっていた。畳の感触が背中にある。座敷には不釣合いな大きなガラス窓から、原色の風景が降ってくる。
祭りだ。
明るい日差しに照らされた、色とりどりに飾られた山車が、ゆっくりゆっくりと街道を進んでいく。その周りをたくさんの人が取り囲んで、掛け声を上げたり、ものを食べたり、笑ったりしている。
赤、緑、青、黄、紫、黒、白、橙。
目覚めたばかりの目へ耳へ、処理しきれないほどの眩い色が流れ込む。
情報の多さにくらくらしていると、窓外から呼ぶ声がした。
「○○ちゃん!」
見ると友人がふわふわと笑い、手を振っている。他の女の子と二人連れだ。
と、ここで違和感。
ここは二階ではなかったか?
窓外では当たり前のように山車や人々が行き交っているが、彼らは宙に浮いているのだろうか?
疑問を感じて返事できずにいたのだが、彼女はお構いなしに話を続ける。
「○○ちゃんは学園祭来ないの?」
ああ、後で行くよ。普段どおり、何気なく、を心がけて答える。
「あっちで待ってるねー」
二人は綿菓子を美味しそうに頬張りながら、また山車の列に消えていった。
行列は不自然なことなど何もないかのように、中空を進み続けている。
私は彼らの足元を覗き込もうとして、やはり恐ろしくなって止めた。
木造の明るい色の階段を下りると、事務机が並ぶ無機質な事務所に繋がっている。
そこに詰めていた若者たちが一斉にこちらを向いた。
いずれも動きやすい服装に蛍光ピンクのウインドブレーカーを着込んでいる。
「○○さん、お疲れ様です!」
若者の一人が声をかけてきた。こざっぱりした風貌に人懐っこい笑みを浮かべている。
あ、うん、お疲れ様。私は若干混乱している。彼らは誰だったか。なぜ私のことを知っているのか。記憶に靄がかかっていて、茫洋としている。
「ゆっくり休めました?」
ああ、お蔭様で。屈託ない青年の様子に合わせぎこちなく微笑んだ。
助けを求めて視線を漂わせる。若者たちが長椅子や事務机の椅子に座り、各々寝転がったり作業をしたりしている。机には資料の山。一枚手にとってみる。
『大ステージ進行表』という題の下に、ステージらしきところの見取り図と細かな時間進行が綴られていた。
ふと気づいて、彼らのウインドブレーカーの背中を見た。彼らはこの学園祭の実行委員だ。
ということは私も?
疑問に思って自分の服装を見直すが、目に痛いピンクのパーカーは着用していない。
「○○さんに手伝っていただけて助かりました」
何を?という言葉は飲み込み、曖昧な笑みを浮かべる。とりあえず合わせておいて、事の成り行きを見守ろう。
「そろそろ奴らが来ます。準備しましょう。さ、こっちへ」
そう言って青年は数人連れ立って、私を事務所の玄関へ案内した。彼らの一人から木製バットを渡される。木目が白くて美しい。
「じゃあ、打ち合わせ通りに、迎撃頼みます!」
青年は唐突に踵を返し、上階へ駆け出す。
まさに同時だった。黒い玄関扉が開け放たれ、黄色のパーカーの男たちが殴りこんでくる。
私は反射的に振りかぶられた拳を避け、一人目の脊髄めがけてバットを一振りする。一人目昏倒。
倒れた背後から頭を出した二人目の木材を頭上で受け、横に流すと同時にわき腹に突き入れる。
どさりと二人目が倒れると、一時場が緊張に包まれる。狭い玄関先では小回りの利く私の身体は有利らしい。残りの三人は玄関の向こう側で散開して、こちらの動きを牽制している。
私はバットの持ち手を握り直し、半ば混乱していた。
なんだ?なんだこれは?どうしてバトル展開?しかもなんか私、強くない?
外からは変わらず、パレードの喧騒が響いてくる。笛の音が緊張した場に酷く滑稽で、尚のこと混乱を深めた。
緊張状態の場を壊す、背後の窓が割れる音。
黄色いパーカーの青年が二人、階段手前の窓から侵入を図っていた。
そちらに気を取られた隙に、玄関の三人の進入を許してしまった。
私たちは慌てて黄色の集団を追いかける。
恐らく彼らを中に上げてはいけない。
そして、奥に駆けていった彼に出会わせてはいけない。
猛然と駆けた勢いのまま、バットを最後尾の黄色パーカーの頭に叩き込む。前のめりに倒れた彼に引き摺られるようによろけた前の二人を横薙ぎに壁に叩きつける。
あと二人。
息を荒げて階段を駆け上がっていった。味方の二人は既に先へ行っており、黄色パーカーの残党と対峙していた。
そこは先ほど私が寝ていた和室だった。フローリングから一段高い畳の、大きな窓の縁に青年が座っており、私たちの戦いを静観している。
パレードから溢れる色とりどりの光が眩しくて、青年の顔は影になり見えない。
「祭りをやめろ!」
叫んだのは黄色いパーカーの青年だった。仲間の一人と鍔迫り合いを繰り広げている。
「この運営は元々俺たちのものだ!お前らの出る幕じゃない!」
どういうことだろう。さっきから動揺されっぱなしだ。話が見えない。
座っている青年が鼻で笑う気配があった。よくは見えないが、きっとあくどい顔をしている。
「何を言っている?勝者は、運営権を勝ち取ったのは俺たちなんだよ。それに、始まってしまった祭りは止められない」
言った青年の影がこちらへ首をもたげる。
「やっちゃってください」
爽やかに、かつ残酷に言葉が響く。逆らってはいけない気がした。
私は階段口から戦う四人の間に躍り出て、黄色パーカーの横腹にバットを叩き込んだ。
ぐぅ、と呻いて黄色い青年たちは倒れた。
「ありがとうございます、これで不穏分子は消えました。学園祭は安泰です」
不気味だった。彼の蛍光ピンクのパーカーが夕日に照らされ、流れ出たばかりの血の色に見えた。
うるさかった祭囃子は、いつの間にか遠くなっている。
学園祭は終局に差し掛かっていた。