こんな夢を見た
第一夜
こんな夢を見た。
少女は母と、海の見える駅に来ていた。
一両編成の路面電車を降りると、南に高い太陽が、行き交う人の影を濃く縫いつけている。
少女は強い日差しに目を焼かれぬよう、白い鍔広の帽子をぐいと引き下げた。
足元には、行き過ぎていった電車の線路が浅く刻印されている。
視界を通る人の足の多いこと。
少女は母に手を引かれ、海とは反対側の商店街へ向かう。
用事をこなさなければならない。だが、少女は海へ行きたいのだ。
振り返ると、建物の隙間から、坂の下の水面が一際きらめいているのが見えた。
母は少女を連れて、薄暗いホテルのロビーに入った。
しばらく二人は、この煤の目立つホテルに滞在することになる。
母は少女に、伯母に電話をかけるように言う。
少女は伯母が嫌いだ。会うたび小言ばかり言うからだ。
母がそのままチェックインの手続きに向かってしまったので、渋々目の前の黒電話に向き合う。
電話番号は覚えている。
細い指にはやや堪える動作を繰り返すと、やがて呼び出し音が耳に伝わった。
『――――はい』
「あ、伯母さん?こっち着いたよ」
ため息。
『まずは名乗りなさい』
「ご、ごめんなさい、××です」
めまぐるしい小言が耳に注ぎ込まれる。
少女は目を回しながら、ロビーの母を探す。
臙脂色のソファ。勿体ぶった暗色の油絵。枯れかけた観葉植物。象牙色の窓口と硝子の引き戸。闇の底へつながっている廊下。
母どころか、人の気配がない。
『××、返事は?』
「はい、ごめんなさい」
少女は尚も人を探した。最早小言など耳に入っていなかった。伯母の怒声がエスカレートする。
『××、××、聞いてるの?返事なさい!』
少女は恐ろしくなって受話器を取り落とした。
駆けていく。駆けていく。唯一の光源、入り口の自動ドアに。
ドアマットを踏みしめ、開けたそこは――
少年らが路面電車を降りると、坂の下に眩い波飛沫が広がっているのが見えた。
海水浴の用具を持って、思い思いに駆けていく少年たち。
小太りの少年が線路に汗を垂らす。
しまった、と足元に目を遣ると、線路の端に白い鍔広の帽子が引っかかっているのが見えた。
「……なんだこれ?」