不思議な不思議なCO2
「感謝状、安藤高彰殿!」署長が高らかに感謝状を読み上げる。さらに、副署長は膨らんだ熨斗袋(のしぶくろ)を手に持っていた。『金一封』と書かれている。
どうやら俺はお巡りさん達に感謝されちゃっているらしい。ただ、その理由がさっぱり分からない。
「あのー、感謝状って……」
「っかー、君も人が悪いね! 池袋ナンパ魔が早々に捕まることになった。これに君が貢献したからに決まってるじゃないか!」
「……は?」まるで意味が分からない。
「ほら、あの斉藤っていう学生だよ。全く、高校生のガキの癖して、池袋の女という女を強引にナンパしては、その、何だ、い、いかがわしいことをしてたんだとよ」
「…………ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」俺は驚く他なかった。クラスメートが重大な性犯罪者だったことに、ではない。真面目なイメージのお巡りさんが下世話な話を始めたことに、でもない。百パーセント恨みオンリーで起こした、一歩間違えば犯罪になる行動に、『お手柄』というプレミアがついてしまったことに、だ。
「で、でも、俺……」
「確かに行動自体はやり過ぎだったかもしれない。でも、その勇気ある行動が我々警察、そして一人の女性を救うことになったのだよ」
警官が笑顔でそういうと、一人の女の子がドアから出てきた。
「おっ、事情聴取は終わったかね?」
「はい」笑顔で女の子は答える。先程の『斉藤の相手』だった。
「助けて下さってありがとうございました! もしあの時、あなたがボトルを投げて下さらなければ、私はどうなったことやら……」女の子は俺の方を向いて言った。
「あ……いや……ハハ……」俺は引きつった作り笑顔をするより仕方なかった。
「それで、あの、お礼と言ってはなんですが……」少女は顔を真っ赤に染めて言った。
*
あれから一か月。
あの日以来変わったこと。
まず、俺に対する苛めは無くなった。むしろあの出来事以来、俺は一目置かれる存在となってしまった。
「あの斉藤をやっつけたらしいぜ」
「あの苛められっ子、結構やるんだなあ」
「正義の味方ってやつか」
「確かにスカしてたもんな、斉藤」
ちなみに問題の斉藤は強制猥褻だか何だかの罪で捕まり、今は裁判所で裁きを受けている。少年ということもあり、そんなに重い刑にはならないとは思うが、場合によっては懲役もあり得るのだとか。既に斉藤は学校を退学しており、彼の家族は東京から離れた田舎町で暮らしているという。
それからもう一つ変わったこと、それは……
「ゴメン、待った?」女の子は俺に謝る。黄色いワンピースがよく似合っている。
「いや、俺も今来たばっかだからね」
「じゃあ、どこ行こっか」
「そうだな、ファシュランでアイス食べて、サンシャイン水族館に行って……」
「うん、いいコースじゃない♪」
あの日、事情聴取が終わった彼女に食事に誘われ、そこで意気投合し付き合うことになったのだ。
ちなみに、ちゃんと真相を正直に話した。でも、彼女は信じてくれなかった。
「だって、タッキーは由紀の味方じゃん♪」の一点張りである。
(……ま、いっか)そう思うようになって以来、自分からはあの事件を蒸し返さないことにした。
「ねぇねぇ、早く行こうよー」
「分かった、分かったから体を揺らすな」
不思議な不思議な池袋、高くそびえるサンシャインでの事件。今となってはいい思い出だと俺は思う。
了
作品名:不思議な不思議なCO2 作家名:新開地翔