榊原屋敷の怪
第一章 再会
車がおばあちゃんの家の敷地内に入った。
周りを見回すと高い塀に覆われている。
私は息を呑まずにはいられなかった。
たしかに、おばあちゃんの家はとても広いとは聞いていたけどまさかこれほどとは思っていなかったのだ。
とても広い日本屋敷。
入り口の門のところには榊原邸と書かれた札が掛っていた。
車が玄関の前で止まる。
運転手さんが降りてきてドアを開いた。
「真理お嬢様。お手をどうぞ」
うやうやしく頭を下げながら運転手さんが私に手を差し出す。
まさかこの私がお嬢様と呼ばれるなんて今だに現実味が湧かない。
「あ、ありがとうございます……」
私はおずおずと頭を下げながら運転手さんに手を借りて車を降りた。
そして巨大な屋敷を見上げる。
こうして直接見るとより一層その広さが分かった。
「こちらです」
運転手さんの先導で私は屋敷の中に入った。
広い屋敷は玄関もやはり広い。
私はまたもや息を呑んだ。
私は運転手さんに案内に従って広い屋敷の中を進む。
これからこの家に主であるおばあちゃんと百合叔母さんの元に向かうのだ。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
おばあちゃんと叔母さんとはもちろん前から面識があったが、こういう機会となるとやはり緊張してしまう。
運転手さんに案内されて私は大きな襖の前で立ち止まった。
「この中におばあちゃん達が?」
「はい、この中に紀江様たちがおられます」
「分かりました」
私は息を深く吸い込む。
何事も最初が肝心なのだ。
失礼のない様にしなくては……まぁおばあちゃん達の事だから大丈夫だとは思うけど。
私はゆっくりと襖に手をかけた。
そして襖を開ける。
広々とした和室が姿を現した。
その中央におばあちゃんと叔母さんが礼儀正しく正座していた。
叔母さんは普通の服装だが、おばあちゃんは着物を着ている。
「久しぶりね真理ちゃん」
そう言って叔母さんが私に笑いかける。
「久しぶりです叔母さん」
私も叔母さんに笑い返した。
叔母さんの温かい笑顔が心地よかった。
おばあちゃんが「三人きりにしてくれ」と言うように顎をしゃくった。
それを見た運転手さんは私たち三人に頭を下げて退室する。
ピシャリと襖が閉まった。
私はおばあちゃん達の前に移動して正座をする。
私が座り終わるのを見届けてからおばあちゃんが口を開いた。
「真理ちゃんよう来たねぇ」
その顔はとても優しくほころんでいる。
「一人ぼっちで寂しくなかったかい?」
おばあちゃんが憐れむような表情で私を見つめた。
その言葉と共に脳裏に両親を失って泣き叫んでいた頃の記憶が蘇る。
唐突に訪れた別れは、私の心に深く、深く食い込んで行った。
周りの人は私を元気づけようとがんばってくれたけどそれでも深い闇の中に沈んだ私には無駄なことだった。
そんな私が元気を取り戻したのはおばあちゃんが私を引き取ってくれると知った時。
完全に悲しみが消えたわけじゃなかったけど、それでもおばあちゃんの優しさは私の凍った心を徐々に、徐々に溶かして行ってくれた。
だから私は曇りのない満面の笑みで答える。
「うん。全然寂しくなんかなかったよおばあちゃん」
そんな私の笑顔を見るとおばあちゃんも叔母さんも心の底から安心したように笑ってくれた。
もう私は独りじゃない。
*
おばあちゃんと叔母さんとの挨拶を終え私は叔母さんに家の中を案内してもらっていた。
「ここは地下に続く部屋よ」
叔母さんが大きめの木製の扉を手で示しながら言った。
他の扉はみんな綺麗なのになぜかこれだけが古臭く見えた。
まるで昔からずっと使われていないかのように……。
その後案の定叔母さんの言葉が私の仮説を裏付けた。
「と言っても長い間使われてないけどね。だからここがなんの部屋なのか忘れちゃいそうよ」
そう言って叔母さんは扉をゆっくりと開く。
長い間開かれていないためか開くのに少々苦労した様子だった。
扉が開き中の様子が明らかになる。
そこは少々広めの部屋。
と、言っても中央に木製の床扉があるだけでこの広いスペースを有効活用出来ているとは言えない様だったが。
やはり長い間使われていないため埃が宙を舞って煙たかったがそれでも窓があったので幾分マシなように思う。
もし窓がなかったら到底人は入れないだろう。
「叔母さん。この先どうなってるの?」
床扉に近づきながら私は叔母さんを見上げた。
「この先は地下通路に繋がってるわ。と、言っても私も入ったことないんだけどね、そう母さんに聞いたのよ」
「どうして入ったことないの?」
叔母さんは子供の頃からこの屋敷にずっと住んでいるのだ。
だから一度くらい入ったことがあるはずだ。
なのに一度も入ったことがないってことは何か理由があるのかな?
私の問いかけに叔母さんは自嘲気味な笑みを浮かべて答えた。
「入っちゃいけないって言われてたのよ。私が生まれる前からずっとそうみたい」
「叔母さんが生まれる前からずっと……?」
「えぇ、だからきっと母さんも入ったことないわ。母さんの親もその親もね」
「じゃあここはずっと開かずの扉だったったってわけだ」
「そう言うこと。まぁもっとも無理にでも行こうとすれば行けると思うけどね」
叔母さんが床扉をコンコンと叩いて続ける。
「この扉の錠前、大分脆くなってるから壊そうと思えば簡単に壊せると思うのよ」
叔母さんがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
確かに錠前は今にも取れそうなほど脆くなっている。
叔母さんの言うとおり何か鈍器を本気で叩きつければ簡単に壊せるだろう。
私もつられて同じようにニヤリと笑った。
「でも今まで誰もこの下に行こうとは思わなかった……何でか分かる?」
突然叔母さんの声のトーンが変わった。
先ほどのまでの明るい声とは違う、まるで脅す様などこか暗い……。
部屋全体が氷河期を迎えたかのように冷たくなった。
私は思わず自分を庇う様に両手で肩を抱いた。
今も叔母さんはニヤリと笑っているけどどこか違う。
何でか分からないけど、先ほどとは違う不気味な何かを感じる。
「みんないけないって分かってたから……?」
私は恐る恐る答える。
私の答えを聞いて叔母さんは「ふふっ」と笑った。
「惜しいわね、確かにみんないけないって分かってたからこの扉を壊そうとはしなかったわ。じゃあなんでこの下に行くことはいけないのか。それはね……」
そこで叔母さんは一旦言葉を切る。
不気味な沈黙が部屋全体を包み込んだ。
三十秒ほど経って叔母さんは私の耳に口を近づけた。
「この下には“死“が広がっているから」
叔母さんの冷たい声が耳元で囁く。
私の体中を冷たい何かがが駆け抜けた。
それと同時に私の中に何かのイメージ流れ込んでくる。
場所はここと同じ部屋、でも部屋が今よりかなり綺麗なので今より大分昔だということは分かった。
上半身裸の女の人が床扉の所に連れてかれている。
床扉は大きく開かれていて、その奥に地下へと続く階段が見えた。
「止めてくださいお願いです佐久朗様!」
しっかりとした体格の男の人に左右から捕まえられながら女の人が叫んだ。
女の人が顔を向けた先には着物姿の男性が立っている。
かなり偉い立場の人なのか近寄りがたいオーラを感じた。
きっとこの人が佐久朗なのだろう。