泉の中の恋(永遠の楽園,後編)第一章
脱皮のための律動は、泉から、奈緒の頭まで、通じて、喘ぎとなって、響き続けた。
喘ぎが意識ごと、天に連れ去ったとき、奈緒は、泡を吹き、白目をむきながら、白蛇のふところに、倒れこんだ。
こうして、奈緒はしもべになった。
目覚めると、世界が変わっていた。
奈緒を包む空気は、濃密な桃の香のする、ねっとりした液体に変わり、奈緒はその中に漂っていた。
ふわり、ふわりと麻川が、奈緒の元に漂って来る。
濃い透明な、気の中、奈緒を抱き起こして、麻川は言った。
「泉へようこそ。」
すべての感覚が、甘く、麻痺した、奈緒は、麻川に抱きつき、聞く。
「ここは..」
透き通った水の空気に、溶けこんだ、麻川は、奈緒にも溶け込みながら、言う。
「泉の中..永遠の楽園の中です。」
「楽園・・ここが、永遠の楽園、そんなこと・・」
奈緒は、震えながら答えた。
麻川は、ゆっくり確かめるように、奈緒の頬を両方の手の平で包み込んで言う。
「奈緒さん、永遠の楽園の伝説は、知っていますか。ヤマタノオロチの神話を。」
奈緒は、甘露な泉の中、麻川に抱きつきながら、言った。
「知っています。高倉弘のルポを書いている時に知りました」
「あの、スサノオオの剣を、咥えて、楽園に落ちた、オロチは・・」
「・・・・」
「僕です。」
・・全身が、ずぶ濡れになった、奈緒は、ソファの、上で目を醒ました。
周りを見渡すも、麻川は、おらず、奈緒は、頭を巡らす。
どこから、どこまでが夢で、どこまでが、現実なのか・・
ふと我に帰ると、麻川が、ずっと居たように奈緒の前に立っている・・
麻川は、静かに言った。
「わかりましたか。」
奈緒は、透き通った、麻川をじっと見て、答える。
「わかりません。
私には、なにもわかりません。なにが起こって、いるのか。今、見たことが、夢なのか、現実なのか。
わかりません..ただ..」
「ただ..?」
「麻川さんの言うことは、真実なのだということは、わかります。」
麻川は、触れれば、水滴になって、飛び散りそうな、顔を奈緒に近づけ、かみ締めるように言う。
「そう、僕は、泉の大蛇で、ここにいる、しもべ達は、永遠の楽園に、引き寄せた者たちなんだ。
と、いうことは、どういうことか、わかりますよね。」
「.....」
「高倉弘もけいも、僕が楽園に、引き寄せたんだ。
東野を使って。
奈緒は、驚いて問い返した。
「それは・・どういうことです。
麻川さんが、大蛇・・
高倉夫妻が、しもべ・・
そして、東野・・東野流水も麻川さんのしもべ・・」
端正な唇を、少し歪めて、微笑み、麻川は言った。
「三年前のあの事件は、僕がこの世に出てくるのに、必要だったんです。」
「・・・」
その時、テーブルの上に置いてあった、奈緒の携帯が鳴った。
奈緒は、携帯を切ろうと手を伸ばす。
親指に力を込めようとした時、麻川が言った。
「出てください。」
携帯は、編集長からだった。
「奈緒、今、どこにいるんだ。」
「・・・」
「まあいい、
麻川の事で、大変な事がわかったぞ。
奴の正体は、詐欺師だ。
何人も被害に、あってる。
それに、まだ、調査中だが・・殺人事件に関わっている可能性がある。
危険な男だ、奴からは、距離をおいたほうがいい。」
「・・・」
「おい、聞いてるのか、奈緒。どこにいるんだ。」
奈緒は、携帯を切り、麻川の顔を見た。
目を見開いて、驚きの目で見た。
神と信じたそこにいる、男は相変わらず奈緒を、微笑みながら、見ている。
麻川は朱色の唇を動かした。
「どうしました。」
奈緒は、こめかみに、汗を走らせながら、言う。
「麻川さんの事を・・」
涙は、冷や汗を追い越し、麻川の顔はぼやけて見えた。
奈緒は、言いかけた言葉を飲み込む。
編集長は信頼出来る人物であることは、間違いなく、以前から、情報の正確さには、一目置かれていた。
その編集長からの言葉で、はっきり、詐欺師だと、断定されたのだ、麻川は。
そして、殺人事件に、関係しているかもしれないと・・
しかし、それを、麻川には、聞けなかった。
麻川は、奈緒の目から、あふれる涙を、舌ですくい上げ、上目遣いで聞いた。
「何を言われました。
僕のことですね。
人殺しと言われましたか。」
奈緒はうつむいていた。
答えに窮していたせいも、あるが、なにより麻川の事がわからなく、なっていた。
つい先程、甘露な泉の中で、楽園に導いてくれた白蛇は、邪悪な、悪魔なのか。
麻川は、そんな奈緒を、見透かしたように続けた。
「奈緒さん、僕に疑念を持ちましたね。
ここに、来るには、まだ早いようです。
しもべに、なるには、迷いはいけない。
どんな、結論が待っていようと真実を、受け止めなければ、ならない。」
「真実とは、なんです。
どうやって、確かめればいいですか。」
「自分の五感と全身で、確認するんです。」
「どうやって。」
「今の携帯の相手に、会って、まず確認しなさい。」
麻川は、奈緒の瞳から目を外さず、そういうと、奈緒を着替えさせた。
信者の私服を、借りた奈緒は、編集長に携帯をかける。
今までに自分が、体験したこと、五感で感じた事をすべて、話した。
そうしなければ、真実は、わからないだろうと悟っていた。
編集長は、しばらく、間をおいて、言った。
「わかった。
今から、会えるか。」
「はい。」
奈緒は、唇をかんだ。
麻川は、神か、悪魔か・・そしてこれから、何が、起きるのか。
答えは、自分で確かめなければ。
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作品名:泉の中の恋(永遠の楽園,後編)第一章 作家名:ここも