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天使と悪魔の修行 後編

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 その日の夜も¥ジェルちゃんは、ユウキ君と一緒に『ちびっこの部屋』でユウキ君のママがお迎えに来るのを待っていました。

 ¥ジェルちゃんが見る限り、自宅にいる時のママは、ユウキ君に対して特別冷たいようには見えませんでした。
 最初に駅で出会った時は、何か嫌なことでもあって、そのせいで不機嫌だったのかしら? ――そんな風に思ったりもしました。それでもやっぱり何だか心配で、まだユウキ君のそばについているんです。

 ユウキ君がぐっすり寝込んだ頃、仕事を終えたユウキ君のママがお迎えに来ました。でもおかしいんです。いつもよりずいぶん早いし、ママの目はウサギの目のように真っ赤っかなんです。
 さすがに保育士さんも気が付いて、心配そうに声を掛けました。
「ユウキ君のママ、どうかしたんですか? 目が真っ赤ですよ」
 ママは慌てて目をそらすと、小さな声で応えました。
「いえ、ちょっと目にゴミが……」
 そう言うと、手の甲でまぶたをごしごしとこすりました。
 しかしその後はいつものように、寝ているユウキ君を起こしてタクシーで自宅へと向かいましたが、そばで見ていてもなんだか元気がありません。

 家に帰り着いてユウキ君をベッドに寝かせると、ママはダイニングテーブルに顔を伏せて、しくしくと泣き出してしまいました。
 そばで見ている¥ジェルちゃんは、どうしたものかとオロオロしています。

「どうして…どうして終わっちゃうの? 私のどこがいけないの!」
 突然、誰にともなく絞り出すようにママが声を発しました。
「……あっ、そう言えば、ナオキは子供が嫌いだって言ってた。ユウキが……」 
 そう呟くと、夢遊病患者のようにフラフラとした足取りで、寝ているユウキ君のそばへ行きました。
「この子が……この子さえいなければナオキもきっと戻ってきてくれるわ」
 そう言うと、何を思ったかいきなりその華奢な白い手を、ぐっすり眠っているユウキ君の細い頚にかけたのです。

「あっ! 何を――」
 ¥ジェルちゃんは驚いて、咄嗟に杖を振りました。 

 ママが力を入れようとしたその時です。
「キャッ!」
 鋭く叫ぶとママは後ろに飛びずさり、痛みと恐怖に震える自分の左手をじっと見つめました。なんとその白い手の甲には、小さな赤いアザができています。

 実は天使は、決して人を傷つけたりしてはいけないんです。だから当然だけど、武器になるような物も力も持ってはいません。
 しかし、天使が持っている力には愛の波動(Love Vibration)というものがあるんです。
 この波動は、愛のある行いをしようとする者に向けて発射すると、その波動を受けた者は、そりゃあもう言葉に言い尽くせないほどの幸福感に満たされるのです。が……逆に愛のない行いをしようとする者に対して発射すると、その波動は無数の細い愛の針となってその者に突き刺さるのです。
 今、ママの手の甲にできた小さなアザは、正にその愛の針が刺さった跡なのです。

 しばらく震えの治まらない自分の左手をぼうっと見つめていたママは、少ししてようやく我に返ったようでした。
「私……私ったら、今なんてことを――自分の子に手をかけようとするなんて」 
 ママは手のアザにそっと触れて、
「これは神様からの罰に違いないわ」
 そう呟くと、後悔の念にかられたのでしょうか、さめざめと泣くのでした。

 そばで¥ジェルちゃんが、
「違うよ。神様じゃなくて私なんだよ」
 と、唇を尖らせていたけれど、もちろんママには見えませんよね。 

 しかし、その様子を見ていた存在がありました。
 神の国から、宇宙の星々を見渡せる大きな水鏡で……。
 そうです。ヨーフル先生がしっかりその様子を眺めていたのです。

「¥ジェルちゃん良くやったわ! そうね、レポートの点数に特別に五点ほど加算してあげましょう」
 そう呟くとにっこり微笑みました。
 先生はこうして、時々修行中の生徒の様子をチェックしているんです。でないと、たまにサボる生徒がいるんです。

「そう言えば……」
 ヨーフル先生はある生徒のことを思い出しました。
「――あの時は面白かったわ」
 そう言うと、ふふっと思い出し笑いを浮かべました。

 ――実はもう何百年も前のことなんだけど……その頃、一人の修行中のエンゼルがおりました。
 彼は名をルシフェルと言い、頭も良く、明るくて人気者でしたし、既に修行も終盤で大勢の天使を統率する立場でしたが、時々修行中にさぼって人間界のパチンコに行ってしまうことがあったのです。
 たまたまその様子を水鏡で見てしまったヨーフル先生は、さすがに「これは、お仕置きをしなくちゃ」と考えました。
 良く見るとルシフェルの足元には銀色の玉がいっぱい入った箱が積み上げられていて、彼は真剣な表情で台についたレバーを握っています。

「そうだわ!」
 一言ポンと呟くと、手に持った杖を一振りしました。その途端、
「ヒャアーー!」と叫んで、ルシフェルは椅子ごとひっくり返りました。

 当然足元に積まれた箱はガタガターっと崩れるし、中の玉はそっちこっちにジャラジャラと飛び散って、辺りは銀玉の海状態です。
 びっくりした店員が飛んできて、慌てて専用の磁石が付いた棒でかき集めてくれたけど、ルシフェルは平謝りするしかありませんでした。
 玉は少なくなるし手は痛いし……。一体何が起こったんだろう、と自分の手の甲を良く見ると、小さな赤いアザができています。
「あっ! これは……」
 さすがにルシフェルも気が付きました。それは正しく自分も時々使うLove Vibrationの跡に違いなかったからです。

 自分の手の甲にこの跡ができてるってことは……。ルシフェルは瞬時に悟りました。さぼってパチンコをしていたことを神様(ヨーフル先生)に知られてしまったということを。
 当然ながら、神の国に帰ってすぐに、ヨーフル先生からの大目玉を頂戴することになったのですが、ことはそれだけでは済まなかったのです。

 ヨーフル先生は元々、公平と平等の神で、今回ルシフェルがやったことは神々の目を欺く行為でしたから、どう考えても許されることではありませんでした。
 本来、天使が誰かを欺くなどということは決してあってはならないことなのです。天使というものはいつも誠実で、誰に対しても愛をもって接しなければいけないと定められているのです。だからルシフェルのやったことは神の国の法律では大罪とみなされるのです。
 早速ルシフェルは神々の審判にかけられ、本来は天使として生まれたにもかかわらず、その姿を悪魔に変えられてしまいました。おまけにとっても不名誉なあだ名を付けられてしまったのです。

 皆さんの中にはご存じの方もいらっしゃるでしょうね。
『堕天使』彼はその後ずっとこう呼ばれたのです。

「あの時の、パチンコ屋での彼の驚いた顔は面白かったわ」
 ヨーフル先生はそう呟くと、ふふっと笑い、
「でも少し可哀想だったかしら……。しかし、彼が悪魔にされたのは、神々の審判で決められたことだから仕方ないわね」
 と、思い直したように言いました。