表と裏の狭間には 七話―想い―
客を玄関で出迎えてくれるようだ。
バスから降りると、一斉に『いらしゃいませ。』『よくお越しくださいました。』と声がかけられる。
俺達の荷物も、旅館の人が持っていってくれる。
そのまま旅館の玄関をくぐると、和風な外見に反して、洋風のフロントが広がっている。
しかし決して尊厳を損なうことがない。和洋折衷、という単語がピッタリはまる空間だった。
「ご予約いただいていた楓様ですね。お部屋は菫の間となっております。ごゆっくりとおくつろぎください。」
ゆりがチェックインを済ませると、俺たちは部屋に向かった。
……………ゆりが受け取った鍵が一つの時点で、気付くべきだった。
しかし嘆いても始まらない。
俺が疑問を覚えたのは、部屋を見たときだった。
「広いな。」
二階の隅にあった『菫の間』は、大きな部屋だった。
大広間とまではいかないまでも、中広間くらいはありそうな。
普通の四人部屋の二倍はありそうな。
そう。
この部屋は。
「なあ、この部屋って、八人くらいが泊まる部屋なんじゃないのか?」
と、言うことなのである。
「そうよ。」
対するゆりは、どうということもなく肯定する。
「まさかとは思うが、俺たち全員同じ部屋?」
「ええ。何?何か都合の悪いことでもあるの?」
「…………………。」
都合の一つ二つがどうこうって問題じゃ既にないんだよ!!
高校生だぞ俺たちは!?
「で?」
「で、ってお前な…………。」
「紫苑、諦めろ。ゆりは妙なところがガキのままだから。」
「この前の合宿のときはちゃんと男女別だったじゃないか!」
「オレがどれだけ苦労したか、語ってやろうか……………?」
………ごめんなさい。
「別に男女相部屋でもいいじゃない。着替えだって風呂でやるんだし、問題があるとは思えないけど?」
「そういう話じゃないんだけどな。」
「………紫苑君、あなた、もしかしてあたしたちに手を出すつもり?」
「そうじゃねぇよ!!常識の話をしてるんだよ!!」
まあ、今更どうすることも出来ないのだろう。
諦めるしかないか…………。
「俺としては、理子が同室ってのが一番不安なんだが。」
「それはあたしも同じよ。耀が同じ部屋の時点でもう安全なんてないも同然よ。まあ、慣れよ、慣れ。それに、これだけ大人数なら、逆に何も起きないって。」
まあ、道理だな。
「で、ここでゆっくりと五日間過ごすわけよ。」
ここで、五日間?
「ええそうよ。暇つぶしの道具を持ってくるように言ったはずよ?」
「まあ、それは持ってきたよ。」
持てるだけな。
「僕も持ってきたっすよ。取って置きのを。」
そう言って輝が取り出したのは。
「お前バカだろう!?」
Wii、PS3、ノートパソコン。ソフトが数十本(ただしPCソフトは全て『ソッチ系』)。
「まあ、そんなわけで自由気ままに五日間過ごすわよ。」
そんなこんなで。
共同生活に近い、おかしな一週間が幕を開けた。
「かがくーん。一緒にご飯食べよ♪」
「はい、あーん。」
………………………………………。
「かがー、一緒に帰ろ。」
「かが…………家に……………来る…………?」
………………………………………。
「あっ………ちょっと、かが、待ってよ。」
「えっ…………そんな、やだよー………ひうっ………!」
………………………………………。
俺の操る勇者が魔王の攻撃でぶっ飛んで場外になったあたりで、俺はいい加減に振り向いて怒鳴る。
「テメェギャルゲーやんのは勝手だがヘッドフォンしてやれよ!!!」
さっきからおかしな嬌声ばっか聞かされてゲームに集中出来ない。
「えー。折角この神なるゲームの素晴らしさを紫苑に教えようと思ったんすけどね……。」
「いらねぇからヘッドフォンしやがれ!そしてそのR-18画面を俺に見せるな!!」
周囲の仲間からは、『お気の毒に』的視線を注がれる俺であった。
ハイラルの勇者、クリミアの英雄、カメ大王に暗黒の貴公子が入り乱れる戦いで、辛くも勝利した俺は、賭けていたジュース一本を受け取って飲む。
ゲームに参加していたのは俺、煌、ゆり、理子。
輝は一人でギャルゲー(区分に疑問)、耀はどこかへ行ったきり帰ってこない。
礼慈は寝ている。
そんなこんなで一日が過ぎてゆく。
生活リズムは完膚なきまでに打ち砕かれた。
決まっているのは食事の時間のみで、それ以外は好きに寝て好きに遊んで好きに温泉に入っている。
ちなみに、部屋にあるのは二段ベッドが四つ。
布団では無いのでいつでも寝られるのだ。
そんなグダグダな感じで一日の終わり。
俺が寝る直前(俺が一番早く就寝)、ゆりが言った。
「あたしたちがアークだと知れたら襲われる危険があるから、何か気付いた人は、すぐに報告すること。」
それを聞いて、俺は眠りについた。
そんなこんなでダラダラとした時間が過ぎてゆく中。
三日目の早朝。事は起きた。
俺が目覚めると、輝がPCで遊び、煌、耀、理子、礼慈がパーティーゲームで遊んでいる。
「あれ?ゆりは?」
「どっか行ったぞ。」
ゆりの姿が見えないが。
「ふぁあ…………よく寝た。」
よく考えれば、昨夜からずっとこいつらが騒いでいるのによく寝られたな、俺。
そんな中、ゆりが駆け込んできた。
息を荒くして。
「ゆり?」
「はぁ………はぁ…………。皆無事!?」
切羽詰った声で確認するゆり。
「まあ、無事だけど…………。」
「そう…………良かった………。」
と、息をつくゆり。なんなんだ?
と思ったら、突然目を見開いて。
「皆伏せてッ!!」
突然そんな事を叫ぶ。
「うわぁああっ!?」
突然のことに、全員が反応する。
ゆり以外の全員が伏せた。
…………………。
…………………。
…………………。
…………………?
何も起こらない。
「何なんだ?」
「特に意味は無いわ。」
ぶっ!?
「何なんだよお前は!!」
「暇だったから、朝の平和な空気を打ち砕いてみました。」
テヘッ、と舌を出すゆり。
「一体何のために……………。」
「……ああ………ゲーム失敗じゃないですか…………。」
「お姉様には後でお仕置きなの。いつもの雫ちゃんと同じ目に遭わせるの。」
「ちょ、止めなさいよ!!」
アレ?
「お前雫に何をした!?しかも『いつもの』ってどういうことだ!?」
「な、なんでもないの!!」
パッ、と両手で口を塞ぐ雫。
「あれ、お前ら雫といつも会ってるの?」
と、俺が聞くが。
「いや?俺は会ってないぞ?」
「僕も会ってないっすね。」
「……ぼくも。」
と、いうことは。
雫に普段会っているのは、この中で三人。
女子三人。
…………………………………。
この三人ねぇ………………。
何だかんだで悪ノリするこいつと、性について若干開放的過ぎるこいつと、思いっきり百合のこいつねぇ………………。
「俺は殺人すら視野に入れなきゃならんのか………。」
「ちょっと紫苑君!?目が据わってるわよ!?」
「なんか怒気や殺気を通り越した妖気のようなものすら感じるの………。」
「なんかヤクザに囲まれた時より怖いんだけど………。」
お前らよくも雫を…………!!
「待って待ってちょっと待って!!別に雫ちゃんにどうこうなんてしてないわよ!!ね!?そうよね!?」
作品名:表と裏の狭間には 七話―想い― 作家名:零崎