盲想少女 ガラシャさん
せめて、フィギュアでもおまけに付けてくれたら良かったのにと、しばらく空っぽだったサイフを恨めしく眺めて過ごした。
いまでも「われわれは宇宙人だ」みたいな、歌にならなかったMIDファイルが、あたしのPCのデスクトップにへばりついている。
むろん、あたしの調教レベルは最低ランクだろう。
これを、ごみ箱に入れたり戻したりを繰り返しているが、女の嵯峨なのだろうか、結局捨てられないでいる。
そうそう、後から聞いて驚いたのだが岩清水さんの名前は、なんと梓だった。
あぁ、あたしだけのあ〇にゃんだぁ。
その6 一服盛るのか?
転校したものの、あっと言う間に夏休みになってしまった。
結局、友達と呼べるかは別にして学校でなんとか、まともにおしゃべりが出来たのは岩清水さんだけだった。
そんなわけで一学期の最終日、あたしは必死で岩清水さんに、夏休み中にもう一度遊びに来ないかと持ちかけた。
岩清水さんは、あたしの顔を真っ直ぐに見上げ、コクリと頷いてくれた。
けっして必死に懇願する、あたしの顔が怖かったわけではないと思う。 ・・思いたい。
だって40日もの間、夏休みを一人ぼっちで過ごすのは寂しくて切ない。
なんなら夏休み中、ずっとうちに泊まってもらっても構わないくらいだ。
そうだ、今度は門限が気にならないように、午前中から遊びに来てもらおう。
そしてお昼は、あたしの手作り料理をご馳走しよう。
もしかしたら一服盛れるチャンスがあるかも知れない。
ずっと眠っていてくれたら、生あ〇にゃんの抱き枕も夢ではない。
・・い、いかん、いかん。 また妄想に入ってしまった。
あたしは、ちょっとだけ垂れていた、よだれを手の甲でそっとぬぐった。
約束したのは、7月25日だ。
パパもママも勤めに出ていないし、防音もばっちりなので、とても待ち遠しいな。
お昼は何を作ってあげようか。
あたしは小さな頃から鍵っ子だったので、料理は結構な腕前だ。
そうだ、ケーキも焼こう。 岩清水さんんと二人で作ったら、きっと楽しいだろうな。
そう想うと、かわいいエプロン姿でネコ耳を付けた岩清水さんの姿が頭の中にモアモアと浮かんだ。
・・
・
気がつくとまたしても、よだれが垂れていた、
本人を前にして、絶対によだれを垂らさないように気をつけよう。
あたしは、心に誓った。
その7 トモちゃん
7月25日 晴れ
気温は朝から30℃を超えている。
今日は岩清水さんが遊びに来る日だ。
掃除とお昼の食材調達は、昨日のうちに大半を済ませておいた。
お昼を食べたら、おしゃべりしたり、一緒にケーキを焼いたり、抱っこしたり・・・
へへへ、ふふふ、ほほほ・・
顔がにやけているのが自分でも分かっているのだが、止まらない。
妄想がどんどん大きく膨らんでいく。
ハッと気が付くと約束した11時の5分前で、少々焦る。
すぐにキッチンに行き、お昼ご飯の準備を開始した。
デミグラスソースは、前日からじっくり煮込んである。
あとは、チキンライスを作って、ふわふわ卵焼きで包んだら、デミグラスソースをかけてスペシャルオムライスの完成だ。
こっちは20分もあれば出来るので、先にサラダ用の野菜をカットしておこう。
パタパタと準備をしながら、リビングの掛け時計を見ると、もう11時20分だ。
『岩清水さん、遅いな・・』
ひょっとしたらメールが来てるかと思い、リビングに置いてきたトモちゃん(携帯の名前)を取りに行く。
あたしは一人っ子なので小さい頃から、いろいろな物に名前をつけている。
こうすると、結構寂しさが紛れるのだ。
例えば、冷蔵庫さんには、「ただいま~ レイちゃん。 今日のおやつは何かな?」ってな具合だ。
・・・
今、あたしのことを淋しいヤツだなんて思った奴は、必ずぶっ飛ばす!
25分を過ぎたのにトモちゃん(携帯)にメールの着信は無い。
おっと、いけない。
終業式の日、岩清水さんは携帯を家に忘れてきたので、メアドは紙に書いて渡したんだっけ。
なら、まだ携帯に登録していないのかも知れない。
あたしは、このまま岩清水さんが来ないかも知れないという不安を少しでも良い方に考えるようにした。
ポジティブシンキング、ポジティブシンキング・・・
サラダを盛り付けながら念仏のように、ひたすら唱える。
11時40分。
今日のお昼も一人で食べることになりそうだと半分諦めかけた時。
ヒャララ ヒャララ~ン (変な擬音だが、あたしにはこう聞こえる)
エントランスからの呼び出し音が、リビングのインターホンから聞こえて来た。
あたしは、キッチンから猛ダッシュで、ウザ子(インターホン)の受話器を取った。
「はい、細川です」
「遅くなってごめんなさい。 岩清水です」
「は~い。 いま開けま~す!」
エントランスのオートロックを解除するあたしの声は、真夏の太陽を撃ち落とすほどの勢いがあったと思う。
その8 火星人襲来だって
昨日は、めちゃめちゃ楽しかった。
お昼に作ったオムライスは今までに食べた、どのオムライスよりもおいしかったと岩清水さんに褒めてもらった。
その後、2時間ばかりJKらしく、いろいろたわい無いおしゃべりをして、ひと時をすごした。
3時少し前に、それじゃおやつのケーキを焼こうと誘うと、岩清水さんは予想以上に盛り上がった。
なんでも、お菓子作りは初めてらしい。
しょ、初体験・・
あたしは、レイちゃん(冷蔵庫)に向かって、思わずガッツポーズをしていた。
岩清水さんは、初心者なのでグルグリさん(泡立て器)で、生クリームをホイップしてもらった。
初体験の岩清水さんは、スイッチを切らないまま、ボールからグルグリさんを取り出したので、辺り一面に生クリームの雪が降った。
あたしはと言うと、あ〇にゃんの顔に付いた生クリームを舐めたいと言う衝動を抑えるのに、ケーキ用に用意したフォークで自分の手の甲をチクチクして耐えた。
あたしが焼いたスポンジに、岩清水さんがホイップした生クリームをデコってなんとか完成。
最後に季節はずれだけれど、奮発して買った苺をのせた。
紅茶を淹れて、二人で大奮闘の末に完成させたケーキを食べながら、本日2度目のおしゃべりタイムを過ごす。
でも4時を過ぎた頃、岩清水さんは、急にそわそわし始めた。
トイレかと思って聞いたら、ピアノのレッスンがあるらしい。
せっかくパパとママも夜遅くにならないと帰ってこないというのに・・ざんねん。
でも、とびきり嬉しいことがあった。
帰り際、なんと岩清水さんが「今度は、わたしの家に遊びに来てね」と言ってくれたのだ。
ええ、ええ。 例え大型台風が上陸しても、火星人が襲来したとしても絶~対に行きます!
もしも、あたしに尻尾が生えていたら、この時はちぎれるばかりに振っていただろう。
で、いつ遊べるかは、岩清水さんが家の都合を確認してから、メールをくれることになった。
もしかしたら、岩清水さんは、自分の部屋が無いのかも知れない。
岩清水さんの家族が一緒だと、もし妄想状態に陥っているところなどを目撃されたら問題だ。
危険人物として、ブラックリストに載ってしまうかも知れない。
作品名:盲想少女 ガラシャさん 作家名:a-isi