囚人惑星
俺は自分の罪さえ知らずに捕らえられてこの星へ送り込まれた。
最悪の噂がささやかれていた惑星、辺境惑星Z(ゼータ)だ。生きてこの星を出たものはいない。実は、遺体さえもまっとうに残らない。労力を奪われ、精神を病み、死ねば遺体は大事な資源になるのだという。まあ、それもありか。なにせ、ド辺境、何もないところだと言うし。
長い航海の間、暇にまかせて俺の罪について色々考えた。これまで俺は俺なりに、結構まっとうに生きてきたつもりだ。俺のまっとうが世間様とずれていようがいまいが、そんなのは、俺にわかるはずもない。
辺境の囚人収監惑星に送られるほどの理由が思い当たらなかった。
俺は天涯孤独だった。物心付いた時には一人で仕事をしていた。それにしてもかっぱらいぐらいはやったかもしれないが、どうしたって、こんな重たい罰を受ける覚えがない。俺はコールドスリープの夢の間中も、それを考えていたらしい。
辺境惑星Zは冷たい星だった。
見渡す限り何もない星だった。あるのはごろごろとした岩石と砂礫だ。獄舎の窓から見える風景に緑と思しき部分はまるでなかった。人工物は、宙港の鈍い色の反射光が、針の頭のように見えているだけだ。
果てのない灰色の石原に薄紫の地平線、それに濃紺の空だけがそこにあった。枯れ果てたこの地は起源から未来永劫、このままの姿をしているのだろうか。
囚人たちが繋がれた監獄は、看守がたったの二人きり。たとえ逃げ出しても生き延びられる確立は皆無の星だからだろうが、獄舎はなんともお粗末な造りだった。普通なら堅く分厚い鋼鉄版で仕切られているはずであるが、そんなものはなく、一般病棟にありがちの横開きの扉も、鍵がかかっている様子もなかった。窓にも特別脱獄を封じる手が施されているようには見えない。
出ようと思えばいつでも出られるようだった。
「おい、お前、新入り、お前の居房はここだ。これで最後だな。やっと俺もこの監獄の看守の任を解かれる時がきたか……」
ぼそりと看守が一人ごちした。
「え?」
「いや。なんでもない、ここだ、入れ。1003号、新入りにここの規則を教えてやれ」
俺の入れられた獄舎の監房は四人部屋で、簡易トイレのほかには粗末なベッドが壁に作られているだけの狭いものだった。壁際からうっそりと立ち上がった男がいた。大男だ。1003号なのだろうか、その男のこめかみから額にかけて、鳥の羽のような刺青があった。眉はなく白い瞳が印象的な男だった。薄笑いを浮かべてその男が近づいてきた。
「よう、最後の男。お前でようやく最後か」
その男は俺の肩にずしりとした掌を乗せた。その腕が異様に重たかった。
「え? なんだって、俺が最後って何のことだ」
看守も言っていたではないか、最後とはなんなのだろう。
「知らずに来たのか。そうか、それならこれ以上は言わん」
「俺は、俺は、無実なんだ。何もやってないのに、この星に連れてこられたんだ」
俺は言っても仕方のないことを口にした。この星に来てしまったら、もう罪は確定しているということだ。この囚人星に来たらもう帰ることなどできない。終身刑なのだ。死ぬまでこの牢獄で過ごすしかないのだ。
「罪か? 罪はお前が、生きていることだ」
その男は短く言うと、顎をしゃくった。見ると、一つだけきちんと毛布の畳んであるベッドがある。そうか、あれが俺の最後の褥(しとね)なのか、と俺は思った。
惑星の夜は早かった。この星についてから太陽の日差しを感じることが無かった。この星には太陽がないのかもしれないとふと思う。遠すぎるのかと思いなおす。常時夕暮れ時のように薄暗い、それでいて真っ暗闇にならないおかしな明るさだった。俺たちはただ監房にいて、時を過ごした。
1003号はあれきり何も言わなかった。他の二人も一言も口をきかなかった。一人はベッドの毛布の中にもぐりこんだきりだったので、顔もわからない。もう一人は壁に向かって座り、壁に頭を弱々しく打ち付けていた。こつん、こつんという渇いた音がずっと続いていた。
しばらくたつと、ガラガラと手押しワゴンの音がして、看守が顔を出した。食事を持ってきたらしかった。その食事は一人分しかなかった。
「新入り。お前の飯だ、受け取れ」
「俺の分だけ?」
「ああ、大丈夫だ、誰も取りゃあせん」
俺は怯えた目を背後に向けた。監房には他に三人もいるのに自分だけが食事にありついて、他の奴らはなしだなんて、フクロにされても文句は言えないと思ったのだ。
だが、そんな心配はいらなかった。怯えた眼を上げて見ると、相変わらず他の三人は黙ったまま動こうとしなかったのだ。
不思議だった。監獄の有様もそうだったが、ここの囚人も看守も俺の考えているものとは全然違っていたのだ。食事はまずかった。なんだか砂の味がした。舌にやけに残った感じがして、何度も水を飲んだ。添えられた水はことのほか美味な感じがしていた。
深夜になった。あてがわれたベッドでうつらうつらしていると、ごそごそと周りが動き出す気配がした。俺は毛布を引き寄せて、顔を隠した。不穏な動きに感じたからだ。その物音からするとどうも三人が監房を出て行くらしい。もちろん鍵もない監房だから、どこへ行こうと自由なのだが、三人連れ立ってというのはおかしい。俺は聞き耳を立てた。
廊下でばさりという音がした。扉の向こうで、また、ばさりばさりという音がした。まるで大きなタオルを煽っているような音だ。俺は、そっとベッドを抜け出すと、恐る恐る扉の陰から廊下を窺った。
誰もいない。
廊下はかなり長く続いている。幾つもの監房がその廊下の左右に連なっているのだから、そのどれかに入ったのだろうか。廊下にでて、隣の監房を覗いてみた。
誰もいなかった。
すぐ前の監房も覗いてみた。
ここも、誰もいなかった。
次もその次も囚人の姿がなかったのだ。俺は首筋が寒くなった。廊下でなにやら音がして、すぐに見に来たはずだ。いったい、どこへ行ったというのか。しんと静まり返った獄舎には誰もいなかった。
俺は気が狂ったんだと思った。俺のほかに誰もいない監獄などあるはずがない。俺は、自分の監房に走って帰り、毛布を頭から引っかぶった。体ががたがたと震えた。これは夢だと思おうとした。そのうち長い航海の疲れからか、俺は眠りに引きずり込まれていった。
何かが引きずられる嫌な音がしたような気がして、俺は目覚めた。
あっと思った、誰もいないはずなのだ。音がしたのは……俺は恐る恐る毛布から目を出した。隣のベッドを見る。1003号がいた。急いで他のベッドも盗み見た。いた。三人ともきちんとベッドに。俺は何がなんだかわからなかった。確かに誰もいなかったはずだ。だが、俺はそのことを三人に聞くのが怖かった。とにかくまた、夜どこかへ行くのであればその時確かめようと決心していた。
夜が来た。俺は寝たふりをして三人を窺った。さっきの夕食もいや、朝食でさえ、俺の分しかなかった。俺は日に二食であっても食べなければ死ぬ。なぜ、この三人は食べるものを与えられないのだろう。だが、看守は何も言わない。そんなことを考えながら、夜を待っていた。
最悪の噂がささやかれていた惑星、辺境惑星Z(ゼータ)だ。生きてこの星を出たものはいない。実は、遺体さえもまっとうに残らない。労力を奪われ、精神を病み、死ねば遺体は大事な資源になるのだという。まあ、それもありか。なにせ、ド辺境、何もないところだと言うし。
長い航海の間、暇にまかせて俺の罪について色々考えた。これまで俺は俺なりに、結構まっとうに生きてきたつもりだ。俺のまっとうが世間様とずれていようがいまいが、そんなのは、俺にわかるはずもない。
辺境の囚人収監惑星に送られるほどの理由が思い当たらなかった。
俺は天涯孤独だった。物心付いた時には一人で仕事をしていた。それにしてもかっぱらいぐらいはやったかもしれないが、どうしたって、こんな重たい罰を受ける覚えがない。俺はコールドスリープの夢の間中も、それを考えていたらしい。
辺境惑星Zは冷たい星だった。
見渡す限り何もない星だった。あるのはごろごろとした岩石と砂礫だ。獄舎の窓から見える風景に緑と思しき部分はまるでなかった。人工物は、宙港の鈍い色の反射光が、針の頭のように見えているだけだ。
果てのない灰色の石原に薄紫の地平線、それに濃紺の空だけがそこにあった。枯れ果てたこの地は起源から未来永劫、このままの姿をしているのだろうか。
囚人たちが繋がれた監獄は、看守がたったの二人きり。たとえ逃げ出しても生き延びられる確立は皆無の星だからだろうが、獄舎はなんともお粗末な造りだった。普通なら堅く分厚い鋼鉄版で仕切られているはずであるが、そんなものはなく、一般病棟にありがちの横開きの扉も、鍵がかかっている様子もなかった。窓にも特別脱獄を封じる手が施されているようには見えない。
出ようと思えばいつでも出られるようだった。
「おい、お前、新入り、お前の居房はここだ。これで最後だな。やっと俺もこの監獄の看守の任を解かれる時がきたか……」
ぼそりと看守が一人ごちした。
「え?」
「いや。なんでもない、ここだ、入れ。1003号、新入りにここの規則を教えてやれ」
俺の入れられた獄舎の監房は四人部屋で、簡易トイレのほかには粗末なベッドが壁に作られているだけの狭いものだった。壁際からうっそりと立ち上がった男がいた。大男だ。1003号なのだろうか、その男のこめかみから額にかけて、鳥の羽のような刺青があった。眉はなく白い瞳が印象的な男だった。薄笑いを浮かべてその男が近づいてきた。
「よう、最後の男。お前でようやく最後か」
その男は俺の肩にずしりとした掌を乗せた。その腕が異様に重たかった。
「え? なんだって、俺が最後って何のことだ」
看守も言っていたではないか、最後とはなんなのだろう。
「知らずに来たのか。そうか、それならこれ以上は言わん」
「俺は、俺は、無実なんだ。何もやってないのに、この星に連れてこられたんだ」
俺は言っても仕方のないことを口にした。この星に来てしまったら、もう罪は確定しているということだ。この囚人星に来たらもう帰ることなどできない。終身刑なのだ。死ぬまでこの牢獄で過ごすしかないのだ。
「罪か? 罪はお前が、生きていることだ」
その男は短く言うと、顎をしゃくった。見ると、一つだけきちんと毛布の畳んであるベッドがある。そうか、あれが俺の最後の褥(しとね)なのか、と俺は思った。
惑星の夜は早かった。この星についてから太陽の日差しを感じることが無かった。この星には太陽がないのかもしれないとふと思う。遠すぎるのかと思いなおす。常時夕暮れ時のように薄暗い、それでいて真っ暗闇にならないおかしな明るさだった。俺たちはただ監房にいて、時を過ごした。
1003号はあれきり何も言わなかった。他の二人も一言も口をきかなかった。一人はベッドの毛布の中にもぐりこんだきりだったので、顔もわからない。もう一人は壁に向かって座り、壁に頭を弱々しく打ち付けていた。こつん、こつんという渇いた音がずっと続いていた。
しばらくたつと、ガラガラと手押しワゴンの音がして、看守が顔を出した。食事を持ってきたらしかった。その食事は一人分しかなかった。
「新入り。お前の飯だ、受け取れ」
「俺の分だけ?」
「ああ、大丈夫だ、誰も取りゃあせん」
俺は怯えた目を背後に向けた。監房には他に三人もいるのに自分だけが食事にありついて、他の奴らはなしだなんて、フクロにされても文句は言えないと思ったのだ。
だが、そんな心配はいらなかった。怯えた眼を上げて見ると、相変わらず他の三人は黙ったまま動こうとしなかったのだ。
不思議だった。監獄の有様もそうだったが、ここの囚人も看守も俺の考えているものとは全然違っていたのだ。食事はまずかった。なんだか砂の味がした。舌にやけに残った感じがして、何度も水を飲んだ。添えられた水はことのほか美味な感じがしていた。
深夜になった。あてがわれたベッドでうつらうつらしていると、ごそごそと周りが動き出す気配がした。俺は毛布を引き寄せて、顔を隠した。不穏な動きに感じたからだ。その物音からするとどうも三人が監房を出て行くらしい。もちろん鍵もない監房だから、どこへ行こうと自由なのだが、三人連れ立ってというのはおかしい。俺は聞き耳を立てた。
廊下でばさりという音がした。扉の向こうで、また、ばさりばさりという音がした。まるで大きなタオルを煽っているような音だ。俺は、そっとベッドを抜け出すと、恐る恐る扉の陰から廊下を窺った。
誰もいない。
廊下はかなり長く続いている。幾つもの監房がその廊下の左右に連なっているのだから、そのどれかに入ったのだろうか。廊下にでて、隣の監房を覗いてみた。
誰もいなかった。
すぐ前の監房も覗いてみた。
ここも、誰もいなかった。
次もその次も囚人の姿がなかったのだ。俺は首筋が寒くなった。廊下でなにやら音がして、すぐに見に来たはずだ。いったい、どこへ行ったというのか。しんと静まり返った獄舎には誰もいなかった。
俺は気が狂ったんだと思った。俺のほかに誰もいない監獄などあるはずがない。俺は、自分の監房に走って帰り、毛布を頭から引っかぶった。体ががたがたと震えた。これは夢だと思おうとした。そのうち長い航海の疲れからか、俺は眠りに引きずり込まれていった。
何かが引きずられる嫌な音がしたような気がして、俺は目覚めた。
あっと思った、誰もいないはずなのだ。音がしたのは……俺は恐る恐る毛布から目を出した。隣のベッドを見る。1003号がいた。急いで他のベッドも盗み見た。いた。三人ともきちんとベッドに。俺は何がなんだかわからなかった。確かに誰もいなかったはずだ。だが、俺はそのことを三人に聞くのが怖かった。とにかくまた、夜どこかへ行くのであればその時確かめようと決心していた。
夜が来た。俺は寝たふりをして三人を窺った。さっきの夕食もいや、朝食でさえ、俺の分しかなかった。俺は日に二食であっても食べなければ死ぬ。なぜ、この三人は食べるものを与えられないのだろう。だが、看守は何も言わない。そんなことを考えながら、夜を待っていた。