キジと少年
警察署に着くまでの間に、刑事の一人が状況を色々説明してくれた。どうやら犯人はこの町の住人ではなく、薬の訪問販売をしている男だったらしい。
一条家に忍び込んで、そのつもりではなかったのに結果的に人殺しをしてしまったその男は、一旦この村を離れたものの、仕事の都合でつい最近またこの村に舞い戻り、遊ぶ金欲しさに昼間の留守宅へ侵入したらしい。
しかし、それを見ていた近所の人が警察に通報。やって来た警官に呆気なく逮捕されたとか。そして警察署に連行され尋問されている時、勇人の家での凶行を白状したらしいのだ。
下手したら迷宮入りにでもなりそうな状況だったため、刑事たちは一様に喜んだようだ。
警察署がある場所は、勇人の住む村からは結構な距離があった。一応「市」と呼ばれる町で、そこには、村にはない背の高いビルがいくつも立ち並び、道路の両側には樹木が植えてあった。道路自体も凸凹の田舎道とは違い、なめらかに滑るように車が走っていく。
勇人はほとんど村から出たことがなかったから、物珍しく外の街並みを車窓越しに眺めた。
「君も大きくなったら都会へ出たいか?」
キョロキョロする勇人を見て、隣りに座っている刑事が微笑みながら言った。
勇人は瞳を輝かせながら大きく頷いた。
警察署に着くと、刑事に連れられて一つの部屋へ通された。そこで勇人は一つのガラス窓から隣りの部屋を見せられた。その部屋には数人の男性がいた。
「あの男だ。どうだい?」
刑事が指差す男を見た。
「あっ!」
勇人は突然驚きの声を上げた。
「あの男に間違いないんだね?」
刑事が少年の目をしっかり見つめ、そう訊いた。
「うん。けいじさん、あのおとこだよ。ぼくのとうちゃんとかあちゃんをころしたのは」
勇人の顔は赤らみ、ぎゅっと両手を握りしめている。
「それにしても、君。しゃべれるようになったね」
刑事がニコニコしながらそう言った。
「あっ!」
勇人は刑事に言われてようやく気が付いた。両親を殺された時のショックで失った声が、その両親を殺した犯人を見たことで蘇ったようだ。
「良かったじゃないか!」
嬉しそうに微笑みながら、刑事は勇人の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
勇人はふと、父がいつもそうやって頭を撫でてくれたことを思い出した。
「けいじさん、ぼく……」
「うん?」
「ぼく、ほんとうはいまのおじさんのいえにかえりたくないんだ。でもほかにいくところがないから……」
「何かイヤなことがあるんだね。言ってごらん。私で良かったら力になるよ」
刑事の優しい言葉に、勇人は今まで胸の中に溜めていたものをすべて吐き出した。
「――そうか、そんなに……。分かった。何か方法を考えてあげよう。取り合えず今日は我慢して帰りなさい。私が送って行くから」
優しい刑事に送ってもらって家に帰りついたが、犯人のことについてはその刑事が陣伍や芳恵に説明したけれど、勇人が話せるようになったことはしばらく内緒にしておこうと帰りの車中で話し、刑事は約束通りそのことに関しては何も言わずに帰っていった。
勇人はその後も一切口を利かずに過ごしていた。一旦口を開いたら、自分が陣伍や芳恵に何を言うか分からないから怖くて何も言えないのだった。
次の日、学校へ行った勇人は、担任の先生にだけは本当のことを話した。
先生は、もしかしたら……とは思っていたと、はっきりそう言った。しかし、確かめる術がなかったからどうしようもなかったとも。だけど事情が分かった以上このままにはしておかない。きっと勇人にとっていいように考えるから、と約束してくれた。
「今までよく辛抱してたな。辛かったな。えらいぞ! よしよし」
そう言って、先生も勇人の頭をゴシゴシと撫でた。
勇人は頭を撫でられるたび、自分のまわりの空気がほわっと軽くなり、心が少しずつ晴れていくような思いを感じていた。