一等賞
その教師は小さく頷くと、すぐに駆け寄れるようにとある程度まで近づいたが、ゴールするまでは手を貸さずにいてくれるようだった。
ニ分か、三分か、
あるいは、もっと長かったかもしれないし、
短かったかもしれない。
赤と青、二つのハチマキが、私の目の前、ゴールまで辿り着いた。
みんなが拍手している。それは『天国と地獄』のテーマが聞えなくなるほど大きな拍手だった。
その拍手の中、私はしっかりと聞いた。
「先にいって」
私のせいなのだから、せめて先にゴールして。と
娘は言われるままに先にゴールした。
そして『3』と書かれた旗の下にできた列の一番後に並んだ。
「さやか!」
隣のお父さんが青いハチマキの子に駆け寄った。
私の目の前の教師はそれを止めなかった。
もし止めようとしていたならば、私は投げ飛ばしてでもその教師を止めただろう。
一年生による徒競争は終了した。
入場のときと同じように、不揃いな駆け足で退場して行った。
次の競技の準備が始まっていたが、私達の運動会はもう終わっていた。
娘は笑顔だった。
小学校の運動着には土がついたままだった。妻がその土をはたき落している
「パパ、ママ。ミキ、一等賞になれなかったの。ごめんなさい」
娘はぽろぽろと泣きだした。私達と約束した『一等賞』になれなかったからなのだろう。
なにを泣くことがあろうか。胸を張っていい。たしかにゴールしたのは三人目だったけれど、娘は間違いなく『一等賞』を手にしている。
その事をどうやって娘に伝えたら良いのだろう。
どうやったら伝えられるのだろう。
妻が娘を抱きしめた。
何も言わずに優しく抱きしめることが、泣かないでいい。という気持ちを伝えるには一番良いのかもしれない。
何も言ってやることができなかった私は、父親失格だと思った。
カメラに妻と娘をカメラに収めようとして、まだ一枚も撮影していないことに気が付いた。
私は、微かに震える指で今日一枚目のシャッターを切った。
再び『天国と地獄』のテーマが流れ出した。
― 了 ―