白い華 ~華の劈開(へきかい)~
あの氷雨の中、発作を押して神津が深夜の街をうろついていたわけは、なけなしの想像力を働かせ考えてみた。別荘には詐欺男のバイクはなかった。多分、男の持ち物とバイクを処分しようとしたのだろう。慣れないバイクの運転を片手で遂行したのだろうか? いや、方法はわからないが、必死に男の痕跡を消そうとした神津の一連の動きを想像すると、なんだか辰馬はひどく遣る瀬無かった。実際、あの詐欺男のバイクは、あの田舎ではなく、この街で見つかったらしい。かたくなに病院へ行くことを拒否し、苦しい発作の息の下で、自分を遠ざけようとしたのは、ユイの殺人の発覚を恐れていたのだ。
特異な環境で育ったとはいえ、すでに成人していたユイは正規の裁判を受けることになった。だが、情状酌量の余地があるように辰馬は思った。
ユイはどんな思いの中で日々を送っているのだろう。ユイの手紙は憫然(びんぜん)たるものだった。
愛したと思った男を自分の手で殺し、父も死に、信じてきたものが崩れ去り、頼りにするものが一時になくなってしまったのだ。外の世界へのパイプは細く頼りない。自分にこんな手紙を書いて寄越すのは、ひょっとすると自分ひとりがその縁(よすが)になってしまったのか、とも思う。
彼女の世界はあまりに純粋すぎたのだ。ユイの世界は染みのない白い世界だった。
白い色は何色にも容易く染まるものだ。
真っ黒に汚れきる前に、小さい汚れを幾つも作りながら人は成長する。できれば正しい白い世界にいたいと思いながらも、徐々に何がしかの色に染まり、汚点を残してしまうのが普通だろう。
自分では白いと、正しいと信じていたものが、一挙に真っ黒になってしまったユイの世界。雷鳴轟き、天が地に落ちたと感じただろう。悲惨だったと一言でいって言い切れるものではないが。
疵付いて割れてしまった彼女の心は、いつか白さを取り戻せるだろうか。
窓辺からこぼれる陽の光が辰馬の頬を温めて床に落ちていった。
真っ白に戻れなくてもいい。汚れが残ってもいい。
辰馬は不思議とユイのこれからの白が見えるような気がした。
その色は、見る角度によって虹の影のさす真珠のような白だ。核の周りに幾重にも真珠層が重なって作られていく白。
それがユイの明日の姿なら、と辰馬は思った。
* 劈開(へきかい)→ひびが入って、割れること 《 完了 》
作品名:白い華 ~華の劈開(へきかい)~ 作家名:すおう るか