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「おーい、京平!」 遠くで俺を呼ぶ声が聞こえて、周りをキョロキョロするとまた声が、
「おーい、こっちこっちぃー」
 よく見ると通りの向こうの古びたカフェの前で、山田先輩がぶんぶん手を振っている。俺も軽く手を挙げて合図し、急いで横断歩道を渡った。
「先輩、珍しいっすねぇ。どうしたんですか? こんな所で。今日は仕事は〜?」
 と、少し息を切らせながら聞くと、
「お前相変わらずだなぁ〜。今日は日曜じゃないか! 日曜くらい仕事休ませろや」 
 と先輩が笑った。
「あっそうでした。忘れてました。ははははっ」
 大学生の俺には平日でも休みがあるから、日曜日なんて感覚があまりないのだ。
「まぁせっかく出会ったんだ。そこでコーヒーでも飲もうや。俺が奢るよ」
「マジっすかぁ〜」
 そう言って先輩と俺は、すぐそばのカフェに入った。
 店のドアを開けると、カランコロンと来客を告げるカウベルの音が店内に響き、カウンターの中からはマスターらしい男が「いらっしゃ〜い」と声を上げた。
 俺たちはチラッと店内を見回しカウンターに陣取った。
「マスター、コーヒー二つ」 
 と先輩が注文すると、
「あいよ〜」 
 と返事が返ってきた。どうやら気さくなマスターらしい。
 表から見ると、何だか古びた冴えない店に見えたが、中へ入って見ると案外小綺麗で、いくつかあるテーブル席も半分位は客で埋まっていた。
『へぇーこんな店でも結構客が入ってるんだなぁ』と内心驚いた。
 どうやらマスターが一人でやっているらしい。その店内には、店と同じく少し古いフォークソングが流れていた。よく見ると店の隅っこには、今ではまず目にすることもないだろうと思えるようなジュークボックスが置いてあって、どうやら音楽はそこから聞こえてくるようだった。
 ほどなく目の前にコーヒーが二つ置かれ、いい香りが俺の鼻をくすぐった。
 一口ブラックのまま飲んでみる。
「おぉっ! 旨いっ」
 思わずそう言って先輩を見ると、先輩の目も嬉しそうに頷いていた。
「ところで京平、お前元気だったのか? 今は彼女はいるのか?」
 先輩にいきなりそう聞かれ、俺は照れながらカレンのことを話した。すると先輩は、
「へぇー、そんなにいい女なのかぁ〜。だったら今度俺にも紹介しろよ。なっ!」
 と、しつこく言うので、仕方なく次の先輩の休みに、またここで会う約束をして電話番号を交換した。 山田先輩とは、俺が今の大学に入ったばっかりの頃に住んでいた学校の寮で一緒だった。まだ上京したばかりで右も左も分からない俺に、先輩は色んなことを教えてくれたし、色んな場所へも連れて行ってくれた。そう、言うならば弟みたいに可愛いがってくれた。
 そう言えば、大学に入って最初の彼女を紹介してくれたのも先輩だったなぁ。あの子は今はどうしてるんだろうか……。ちょっと気になって聞いてみた。
「先輩、あの子はあれからどうしてますかぁ?」「えぇっ? あの子って――あ、葉子のことかぁ?」
「はい」
「うーん、俺もあの時付き合っていた女ともう別れちゃって、最近では会うこともないし、彼女の友達だったからなぁ〜。分かんないなぁ」
「そうなんですか……」
「でも、ま、元気でやってんじゃないの」 
 先輩は気にするなとでも言いたげに、俺にそう言った。 俺が葉子と付き合い始めた頃、俺には田舎に彼女がいた。
 大学に入ってこっちに来るまでは、将来一緒になろうと決めていた。それなのに……。
 その時突然、聞き覚えのあるメロディが耳に流れ込んできた。
 ん? この曲は……

 恋人よ〜 僕は〜 旅立つ〜 
 東へと向かう列車で〜

 俺はその時、何かを思い出しかけていた――。
「――で、そのカレンちゃんてあっちの方はどうなんだよ〜」
 先輩の、いきなりの卑猥な質問に、俺は現実に引き戻された。
「ああ、もちろん文句なし! ですよー」
 俺がそう言ってにやぁ〜と笑うと、つられたように先輩もにゃ〜っと、厭らし気な笑いを見せた。
 その後は、先輩の仕事の話や俺の大学での話を少しして別れたが、別れ際に次の日曜の約束を念押しされた。よっぽどカレンに興味があるらしい。
 翌日カレンに会った時、先輩が会いたがっていることを話すと、
「良いわよ。特別予定ないから……」
 との返事だったので、一応先輩にその旨電話を入れた。するとやけに嬉しそうな声で、
「おう、そうか。じゃあ午後二時でいいな?」
 と、先輩は言い、俺の返事を待たずに、
「――じゃ、そう言うことでよろしく!」
 それだけ言うとさっさと電話を切ってしまった。
『全くもう! 勝手なんだから……』と思いつつも憎めない。
『あぁ見えて良いとこあるもんな〜。あれっ? そう言えば今、後ろで女の声がしてたなぁ。この前は彼女いないって言ってたのに……。全く隅に置けないなぁ』

 次の日曜日、約束の時間に例のカフェにカレンと二人で出掛けると、先輩はすでに来ていて、カウンター席に座って待っていた。
「やぁ、遅かったなあ」
「何を言ってるんですか? まだ約束の時間の十五分も前ですよー」 
「まあいいから彼女を紹介してくれよ」 
 先輩は早くもニタリ顔。
「じゃあ。――彼女がカレンです、先輩」
 そう言った俺は、後ろに控えていたカレンを振り返った。
「カレン、俺の先輩で山田さんだよ」
「初めまして、山田さん」 
 カレンがにっこり笑って言う。
「あ……お、俺、京平とは大学の寮で一緒だった山田です。宜しくなっ!」
 先輩は、何だか若干いつもに比べて気取ってる気がする……が……。いや、緊張してるのか?
 俺とカレンもカウンターに座った。カレンが真ん中になるように座ると、早速先輩はカレンに話し掛けた。
「ねぇカレンちゃん。京平とは何で知り合ったんだい?」
「あっ、それなんですけどねぇー。笑っちゃうんですよ。彼ったら、私を誰かと間違えたらしくって、いきなり抱きついてきたんですよ。もう、私はびっくりするし、てっきり痴漢かと思っちゃって、『キャーー』って 悲鳴上げちゃいましたよ!」
 そう言うとカレンが思い出し笑いをした。
「ふふふっ。――そしたら、人違いだと気付いた彼が、そりゃもう平身低頭ってぐらいに謝って、それを見ていたら可笑しくなって、私 思わず笑っちゃったんですよ」
 カレンは俺を見たが、俺は罰が悪いので、わざとよそを向いた。
「――それが縁で、最初は一緒にお茶したんですよ。それから……ねっ」
 今度は俺に相槌を求めるような目をして見つめてきたので、仕方なく俺は同意した。
「まっ、そういうことなんですよ」 
「へえぇー。で、今付き合ってどのくらいなの?」 
 まだしつこく聞く先輩。
「そうだなぁ、もう一年近いかな……ねっ!」 
 カレンがまた俺を見て、返事を求めるように言う。
「じゃあ 将来のこととかも考えてるの?」
「先輩、いくら何でもそんなことまで考えてないっすよー」 
 びっくりして俺が言うと、先輩から視線を俺に移してカレンが聞いた。
「えっ、そうなの?」
「えっ?」 
 カレンが余りにも驚いた様な顔をしていたので、俺は何と答えたらいいのか分らず、黙ってしまった。
「私、将来は京平のお嫁さんになりたいって思ってたのに……」
作品名:待たせてゴメンね♪ 作家名:ゆうか♪