素晴らしい偶然
コーヒーがきた。ウェイトレスが去ってから美由紀が云った。
「だって、わたしたち、初めてお話してるんですよ。それなのに、なんだか、ずっと前からの知り合いみたいじゃないですか」
「そうですね。確かにそうですよ。こういうのって、珍しいかも知れませんね」
「でしょ……でも、相性は悪くないみたいですね。安心しました」
「ぼくもです。よろしくお願いします」
吉野が手を差し出すと、美由紀は躊躇わずに握手に応じた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。わたしの父も、気に入って頂けましたか?」
「最高です。あんなにいい人に会ったのは初めてです」
そう云った瞬間に、吉野のまぶたから、涙が溢れ出た。美由紀も泣いた。
「そうですか。ありがとうございます。手紙に書きましたけど、わたしは父が大好きなんです」
美由紀が好きなもうひとりの男性とは、彼女の父であることが判明した。ふたりは握手をしたまま、涙が止まらなくなった。あのとき、少女だった美由紀を写真に撮れたのも、単なる偶然ではないように、吉野には思えた。
ふたりはその晩、居酒屋で飲み、吉野はタクシーで美由紀を送って行った。
「美由紀さん。あの手紙には驚きました。どうしてぼくの名前と住所がわかったんですか?」
美由紀は乗務員に聞こえないように吉野の耳元で、キスをしてくれたらそれを教えると云った。吉野は彼女を抱きよせて、初めてのキスをした。美由紀は自らの願いが叶ったあとで云った。
「市民美術展の出品目録を見たからよ」
吉野は助手席の前の乗務員証を見た。いま乗っているタクシーが、美由紀の父の車ではないことを確認し、彼は安堵した。
了
2011年8月4日