目玉屋奇譚
宿を取り巻く木々の枯葉がすっかり落ちて、冬の便りも聞かれる頃に、靄が立ち込めたように薄ぼんやりとしていた左目の奥に一人の女が浮かんできた。
最初は二重にぼやけた膨らんだ像だったが、だんだんとはっきりと見えるようになると、なんだか見覚えのあるような気がした。
いったい誰なのだろう?
黒い目をしていた。唇がふっくらとして、頬は薄かった。眉が八の字に描かれていて、束ねた髪がこれ以上ないほど乱れていた。
細かい部分がもっとはっきりしてくると、それは、自分の顔のように見えた。
おかしなことだった。
鏡も覗けなかったこの左目では自分を見たことがないのだから、自分の顔を覚えているはずがない。しかし、その顔は私にそっくりな顔だったのだ。どうして、こんなにも今の自分の顔に似ているのだろう。
怪しむ私の頭の中で、異国の右目で見続けていた自分の顔と、露天で交換した黒い左目の奥にある顔がふいに重なった。
その顔は泣いていた。
大粒の涙を幾筋も、幾筋も頬に滴らせて、その顔はいつまでも泣いていたのだった。
目玉屋の男は知っていたのだろうか。黒檀の眼が私のものだったということを。
帰ってきた左目で私は懐かしい顔を見たことを茜に言って聞かせたが、彼女は笑って取り合おうともしなかった。
宿場には行きつ戻りつしながらも冬の足音が響いていた。