こんばんは①<白いコートの女>
こんばんは①
<白いコートの女>
「こんばんは」
駅からの帰り道。人気の途絶えた小さな児童公園の前の道で突然声をかけられた。
おどろいて振返ると、美しい女性が恥かしそうに微笑んでいた。
「すみません、家に帰りたいのですが夜道が苦手なので……助けて頂けませんか?」
ややソプラノの羽根の様に軽やかな言葉づかいに、私は一瞬目の前が真っ白になってしまった。
確かにその女性は白いロングコートを羽織っており暗い夜道の中に浮き上がるように輝いていたが、実際にはコートの白さよりもその美しさの方が際立っていた。
初夏の夜風はひんやりとしていながら、やさしい湿り気を含んでおり、微かな香水ともおもえぬ良い香りを運んできた。
「あ、はい」
私は数秒経ってやっと答えた。見とれてしまったのだ。
「なんでしょう? 私で良ければお力になりますが?」
こんな冴えない中年太りで頭の薄くなった男に声を掛けてくるなんて、一体どういう積もりなのだろうか? しかしそんな事は意に介さないのか、私の答えを聞いてその女性はニッコリ微笑んだ。
「この辺は夜になると人気が少なくて街灯もあまり有りませんので……さっきも申しました様に夜道は苦手なものですから、宜しければ家の近くまで送って頂きたいのです」
こんなに美しい女性から家まで送って欲しいなどと言われて、なんか妖しいぞと思いつつも、断る理由も無く、私はその女性と連れ立って夜道を歩いていった。
私たちは歩きながらポツリポツリと当たり障りの無い話をした。
話の内容は覚えていない。ただ、鈴の音の様に軽やかな声と上品な話し方だけが頭の中に残っていった。
女性はほんの十分程歩いたところで立ち止まると
「あの、もうこの辺で結構です、直ぐそこですので」申し訳無さそうに微笑んだ。
<白いコートの女>
「こんばんは」
駅からの帰り道。人気の途絶えた小さな児童公園の前の道で突然声をかけられた。
おどろいて振返ると、美しい女性が恥かしそうに微笑んでいた。
「すみません、家に帰りたいのですが夜道が苦手なので……助けて頂けませんか?」
ややソプラノの羽根の様に軽やかな言葉づかいに、私は一瞬目の前が真っ白になってしまった。
確かにその女性は白いロングコートを羽織っており暗い夜道の中に浮き上がるように輝いていたが、実際にはコートの白さよりもその美しさの方が際立っていた。
初夏の夜風はひんやりとしていながら、やさしい湿り気を含んでおり、微かな香水ともおもえぬ良い香りを運んできた。
「あ、はい」
私は数秒経ってやっと答えた。見とれてしまったのだ。
「なんでしょう? 私で良ければお力になりますが?」
こんな冴えない中年太りで頭の薄くなった男に声を掛けてくるなんて、一体どういう積もりなのだろうか? しかしそんな事は意に介さないのか、私の答えを聞いてその女性はニッコリ微笑んだ。
「この辺は夜になると人気が少なくて街灯もあまり有りませんので……さっきも申しました様に夜道は苦手なものですから、宜しければ家の近くまで送って頂きたいのです」
こんなに美しい女性から家まで送って欲しいなどと言われて、なんか妖しいぞと思いつつも、断る理由も無く、私はその女性と連れ立って夜道を歩いていった。
私たちは歩きながらポツリポツリと当たり障りの無い話をした。
話の内容は覚えていない。ただ、鈴の音の様に軽やかな声と上品な話し方だけが頭の中に残っていった。
女性はほんの十分程歩いたところで立ち止まると
「あの、もうこの辺で結構です、直ぐそこですので」申し訳無さそうに微笑んだ。
作品名:こんばんは①<白いコートの女> 作家名:郷田三郎(G3)