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千歳ちひろ
千歳ちひろ
novelistID. 29762
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Baroque

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その背の翼が大きく開かれ、青年の身体は空中へと舞い上がる。発光現象、確認。アンノウンの青年、ロスト。
青年が消失した空間を見上げ、アンノウンの少女は息を吐いた。横顔には憂慮の表情が認められる。変数はほとんど確認できない。ぱたぱたと服の裾を払い、少女は小官を振り返る。
「どう? イーリアスは見れた?」
「はい、マドモアゼル」
笑顔。変数確認。彼女は小官の目の前までやってくる。
「綺麗だったでしょう。天使というのよ」
照会。経典宗教における神の使いと称される存在の総称。一般的には翼を持つ人間体として描かれることが多く、善性を付託されている。
「残念ながら、もう地上は貴方たちのご主人様のものではないのよ、ブリキの兵隊さん」
「小官は、ブリキの兵隊ではありません。巡回士E568が個体ナンバーです」
少女の唇の湾曲が大きくなる。変数減少。
「そう。でもそんな呼び方可愛くないわ」
答える言葉を持たず、小官は一礼する。
「マドモアゼル、これからどちらへ」
「そうねぇ。どこに行こうか考えてるところ」
小官の問いかけに、伸びをしながらアンノウンの少女は答える。
「あ、でも貴方たちのご主人様たちのところには行かないわよ。辛気臭い地下になんて、潜りたくないもの」
小官の提案予定事項に対しての回答と判断。保護規定条項第23項の1により、小官はアンノウンの人間を連れ帰る義務があり、そのための手段行使は申請によって許可される。
が。
「なぜ?」
私の言語機能が選択した言葉は、全てのマニュアルを逸脱したものだ。無限連鎖。なぜ? なぜ? その言葉は、世界全てに向けて広がっていく。私の知覚する、内と外、全てに向けて。
少女は私を振り返り、少し驚いた表情を見せた。
「最近は、そんなことまで言うようになったのね。ううん、私たちと接触したせいかしら」
微笑。変数、急速増大。アンノウンの少女は、私に手を伸ばす。微笑は、悲しげだ。
「ごめんなさい。貴方にふさわしい祝福をあげられなくて」
「なぜ?」
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? 乱舞し、散りゆく、それは。

---

以上、巡回士個体ナンバーE568の最終報告。この後電源を破壊され、メモリチップが抜き取られたボディが第十九ブロックにて発見される。
こうした記録をセンターと交信し、その後破壊された巡回士は今年に入って八体目となる。重ねて、アンノウンと認定された少女の拘束を含めた、早急な対処を要請する。

           地上部監視システムセンター長 バーンズ・レイバック
作品名:Baroque 作家名:千歳ちひろ