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千歳ちひろ
千歳ちひろ
novelistID. 29762
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Baroque

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グレゴリウス暦2258年11月15日E地区568管区巡回士報告
本日のドーム外雨量は38mm/hであり、一週間平均の42mm/hをやや下回る。
午前6時、568管区北側より巡回開始。第一より第十八ブロックまで異常なし。第十九ブロックにて、熱源反応。以下、主観による詳細データ。



第十九ブロックは高台で、かつてのユネスコ憲章によって定められた歴史遺産の一つである大聖堂がある。ファザードのポルタイユの上、ステンドグラスの薔薇窓は当時より精巧さで知られていた。小官は定められた巡路に従い西側のファサード前の広場へと向かい、熱源反応に一時停止する。
センサーが捉えた熱源は大聖堂のファサードの階段上にあり、アイモニターに映し出された映像に、人間=少女(推定外見年齢12-13歳)の姿を確認。
少女は(黒髪黒瞳)白いレース飾りが多くついた黒いドレスを身にまとい、靴は黒革のブーツ、頭には頭髪を半分覆うヘッドレスト(ドレスと同素材)をつけている。他に熱源反応はなく、彼女自身動く様子はない。
更に詳しい分析のため、接近。小官の接近に伴い、少女は顔を上げて小官を見返した。照会の結果568管区に該当登録者なしと判明。照会対象地域をE地区へ変更。同時に更なる分析を試みるため、言語による接触を行う。
「マドモアゼル。ここで何をなさっているのですか」
呼びかけに、少女は三回の瞬きの後、微笑んだ。
「待っているのよ」
「待つ。どなたかと待ち合わせですか」
「合わせてはいないわ。ただ、待っているの」
「どなたを」
「貴方の知らない人。いえ、ものよ」
照会の結果E地区に該当登録者なしと判明。照会対象地域をユニバースへ変更。同時に、住民登録以外のデータへの照会開始。
「マドモアゼル。どちらからここへお越しになったのですか」
「羽を生やして、天から舞い降りてきたの」
上を指差し、少女は笑い声を立てた。照会。ドームの天井に破損なし。少女は依然笑っている。
「本気にしなくても。堅物なのね、貴方たちは」
「そのように、調整されています」
「そうみたいね。あいつみたい」
少女はひざにひじをつき開いた両手にあごを乗せる。分析の結果、衣服の布地はいずれも5、6年を経た古いものと判明。ほころび、色あせているが、視認できる目立った汚れはない。
「あいつ、とはどなたです」
「イーリアスよ」
照会。紀元前八世紀半ばにギリシア詩人ホメロスによって作られたとされる長編叙事詩。関連項目多数。但し、少女の言葉に該当するであろう項目は見当たらない。人の名前と思われる。なおも照会。
照会の結果現在ユニバースに該当登録者なしと判明。少女をアンノウンと認定。敵性の有無は現時点では判別不能。更なる情報収集を試みる。
「マドモアゼル。どちらにお住まいですか」
「知ってるくせに、意地が悪いのね」
微笑み。上目遣いのまま、アンノウンの少女は答える。回答内容、計測困難。
「待っていらっしゃるお相手は、ムッシュ・イーリアスですか」
「いいえ。イーリアスはいつもいるわ、私の側に。見たい?」
微笑み。アンノウンの少女の回りに、依然として熱源反応なし。視認できる存在なし。小官の同意に、アンノウンの少女は微笑んだまま立ち上がり、空を見上げた。
「それにちょうどよく、待ち人たちも現れたようだし」
アンノウンの少女の言葉、終了前、確認。ドームの天井に破損なし。天井を背に、飛行物体と見られる物質が五つ。熱量、質量ともに計測不能。照会するも該当なし。少女とは別個のアンノウンと認定。少女に対する敵性、反応有り。
急降下してくる影のような黒いアンノウン。小官に背を向け歩き出す少女。二種のアンノウンが接触するまで、あと15秒。課せられた使命に従い、人間の姿形を持つ少女を救うために緊急処置を申請。
少女が、広場の隅の柵を一跳躍で乗り越える。黒いアンノウンが風切り音を立てて迫る。アンノウンの少女は小官を振り返り、微笑んだ。身体が傾ぎ、そのまま視界から消える。
緊急処置許可サイン受信と同時にダッシュ。柵に体をぶつけて停止し、崖下へとアイカメラを向ける。現在地点より崖下までの距離、1200メートル。アンノウンの少女は落下を続けている。
小官の横を、黒いアンノウンが降下していく。落下速度を超えた、鋭い降下。
生じる強い、負荷に、認識速度に、遅延が。
そして。
白い羽根が、あたりに舞い散った。
アンノウンの少女の体を、腕にひっかけるように抱きとめた青年は、逆の手に握った銃を黒いアンノウンに向ける。銃口が光り、黒いアンノウンたちは、千切れたように形状を変え、砂のように散っていく。
アイモニターで彼らを追いつつ、小官は直前の光景をリプレイする。すべてのデータを再確認しても、白い翼の青年がどこからやってきたのかは、解析できない。突然、空中に出現した、指し示すデータは、それ以外の事実を語らない。
再び、風が生じる。黒いアンノウンは、またしてもいっさいの予兆なく、どこからともなく現れて二人に襲いかかる。青年は彼女を腕に抱いたまま、その襲撃を避け、手の銃でアンノウンたちを返り討ちにしていく。青年の表情は険しく、腕に抱かれた少女の表情は微笑。
集積データに変数確認。解析遅延。


すべての黒いアンノウンが消えたのち、アンノウンの青年は銃を腰のホルスターに戻し、翼を広げて小官のいる場所に向かってくる。その動きをいくら追ってみても、彼がどのような力を用いて空中を飛んでいるのかは、解析できない。
青年は先ほどと変わらず、けわしい顔をしていた。少女は口元に微笑みを浮かべていた。
青年は少女を広場の石畳に下ろし、それから、彼女の服の襟元を掴んで引き寄せた。
「調子に乗るなよ、お前。俺はスコアを稼ぐのに丁度いいからお前の側にいるだけだ」
少女は青年の唐突な行動を受け止めたまま、微笑みと称される表情を彼に向けている。
「当たり前じゃないの。他に意図があるなんて、その方が気味が悪いわ」
集積データの変数、依然として確認。解析遅延継続。
「なら、何故こんな事をした」
「そこのブリキの兵隊さんが、貴方を見たいといったからよ。イーリアス」
少女の視線が、小官へと向けられる。わずかに遅れて、青年の顔もこちらに向けられた。変わらぬ、険しい表情。そこに、変数はほとんど見られない。
青年は、小官に対して何事も発することなく、少女に顔を向ける。表情に微細な変化。変数発生確認。
「……お前は……」
変数とはすなわち、表情が表す『感情』という人間の精神状態に対する逸脱。笑顔と呼ばれる表情の基準値から遠ざかるほど、変数は増大する。少女は『微笑んで』いるが、一般的な感情である『喜び』がそこにはない。青年は少女を『睨んで』いるが、それが表す『怒り』以外の数値が、そこには混ざっている。
もっとも、人間の生物学的な定義に当て嵌めれば、少女はともかく青年のアンノウンは『人間』ですらないことになる。翼を持つ人間はいない。
いずれにせよ、我々巡回士は人間たちに対しては、生命活動に対する危機への対処以上のことは職分にない。
「……っ」
アンノウンの青年は性急な動きで彼女の襟元から手を離す。苦痛を覚えている表情。生命活動の危機、認められず。原因となりうる致傷、認められず。
作品名:Baroque 作家名:千歳ちひろ