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祭りのあとのあとの祭り【田島くんと妹尾さん】

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祭りのあとのあとの祭り

 今年の役目を終えた神輿を青年部みんなで神社に奉納した後、着替えて機材の撤収を手伝う頃には、もう日付も変わろうという時刻になっていた。
 重たい音響機材をトラックに積み込み終えて、青年部のひとりである田島はふうと息をついて周囲を見回した。
 さして有名なわけでもない、地元商店街のローカルな夏祭りだ。神輿も盆踊りもつつがなく終わって、見物人はあらかた帰ってしまった。出店を出していたテキ屋連中もさっさと店をたたんで引き上げ、盛況時には賑わっていた駅前通りは、今は祭りの運営に関わる組合の爺様がたやおばさん達、さもなくば力仕事担当の青年団のメンバーの姿ばかりである。
 首に巻いたタオルで汗を拭っていた田島がその二人を見咎めたのも、思えば自然なことだったのだ。
(なんだ?)
 祭りの後のさざめきとは距離を隔てた歩道の一角、街灯の明りからもはずれた暗がりで、ふたつの人影が立っている。
 最初はカップルが居残ってイチャついてでもいるのかと思ったが、どうも二人とも男のようだ。ひとりは野暮ったいポロシャツにチノパン姿、もうひとりは祭りの日にまったく不似合いなスーツを着ている。仕事帰りなのかもしれない。
「……、……るな、俺は…………い!」
「――――だ。私は既に――」
「……そんなことは……、……絶対に」
 会話の内容は、田島のところからでははっきりとは聞こえない。どうもポロシャツの男が一方的にまくしたてているようだ。酔っているのか身振りがやたらオーバーで、時々頭の重心がふらついているのが、離れている田島にさえわかる。スーツの男がその堅苦しい身なりそのまま、ぴしりと背筋を伸ばして受け答えする様子とは対照的だ。
(酔っ払いに絡まれてんのか?)
 それにしては、スーツの男はずいぶん堂々としたものだが……割って入るべきなのか決めあぐねて様子を見ていると、視線を感じたのか、スーツの男がふと田島のほうを向いた。
 目が合った。
 男は眼鏡をかけていた。レンズの奥から、黒い双眸がまっすぐに田島を見ているのがわかった。顔だちを見たところせいぜい三十前後、田島より多少年上というところだろうか。地味なスーツを着ているわりには若かった。
 目を逸らすのが礼儀だったかもしれない。だがどういうわけか動くのを忘れていた。
 田島の体感としてはやけに長く感じたが、おそらく男と目が合ったのは一瞬だったろう。だがスーツの男が余所見をしていたのが気に入らなかったのか、突然ポロシャツの男が相手を突き飛ばした。
 不意を打たれたスーツの男が背後の商店のシャッターに叩きつけられ、ガシャン! と大きな音が響き渡った。顔から外れて落ちた眼鏡が歩道の上を滑っていく。二人に気づかず作業を続けていた商店街の組合連中も、驚いて一斉にそちらを見た。
「おい!」
 突き飛ばしただけとはいえ、手が出たとあってはさすがに黙ってはいられない。田島が男に向かって大きく踏み出すと、ポロシャツの男の肩がびくりと跳ねた。
 無理もない。田島は商店街の青年部の中でも一番背が高く、おまけに腕は太い、胸板も厚い。そんな大男が大股で自分に迫ってくるのだ。勝ち目がないと判断するのが当然だ。
 ポロシャツの男は軽く舌打ちし、くるりと背を向けて駅の方向へ走り出した。
「あっ、待ててめえ、逃げんなクソが!」
 グレていた十代の頃の癖でつい口汚い罵り言葉が出たが、そんなことで相手が立ち止まるはずがない。くそったれ、と吐き捨てて男の背を見送り、シャッターの前からようやく起き上がったスーツの男を振り返る。
「大丈夫か、あんた」
「うむ」
 ……『うむ』?
 変わった返事だ。『はい』でもなく、『うん』でもなく、『うむ』?
「あー、えーと、立てるか?」
「手を貸してもらえるとありがたい」
 なんだかまだるっこしい話し方をする男だ。手を取って引っ張り上げてやると、立ち上がりはしたものの足元が少しふらついた。何が『うむ』だ、もしかして頭でも打ったんじゃねえのか。
 何か言おうとしたが、もう周囲に人が集まり始めていた。ここの商店街の皆はお節介だが親切だ。目の前で酔っ払いに絡まれて怪我をした(かもしれない)人間を放っておく薄情者はいない。
「お兄さん、災難だったねえ。タチの悪いのに絡まれちゃって」
「いえ。ご心配ありがとうございます」
「ああ、ああ、まあまあこんなに汚れちゃって……」
「痛いとこあるならこれで冷やすといいわよ」
「いただきます」
 ことにお節介なおばさん連中は姦しい。怪我がないか男の顔を覗き込み、スーツについた埃を払ってやり、冷たいおしぼりまで持ってきて、好奇心と心配が入り混じった顔でかわるがわる男に話しかけている。
「大丈夫? どこか打ってないだろうね?」
「驚いてバランスを崩してしまいましたが、それほど強く突き飛ばされたわけではないのです。ご心配はありがたく思いますが、特に打撲も外傷もありません」
 受け答えの内容は普通なのだが、やっぱりこの男の話し方は……なんというか、妙だ。
「これから帰れるかね? なんだったら近所で少し休んでいったほうが」
「いえ。自宅はここから歩いて帰れる距離ですので、その必要はないと考えます。ですがひとつ問題が」
「問題?」
 スーツの男が、そこで何故か、傍らに立ったままの田島のほうを見た。
「な……なんだよ」
 男は田島よりひとまわり以上小柄で痩せ型で、まったく強そうに見えないのだが、視線に妙に力がある。最初見たときと比べると、眼鏡がないせいか、顔立ちがすっきり整って見えた。だがそのわりに面差しにはいまひとつ表情が乏しくて、迫力を感じるのはそのせいかもしれない。クール、というのとも、仏頂面、というのとも違う。無表情なのだ。
 ――まるでよくできた人形か何かみたいに。
「眼鏡がない」
「……はァ?」
 田島は思わず聞き返した。
「眼鏡がない」
 男は繰り返すと、まつげを伏せて田島の足元に視線を向けた。
 そういえば……この男の眼鏡は確か、あいつに突き飛ばされて、そのとき眼鏡が落っこちて、それでコンクリの上をカラカラ滑って行って……それで……まさか……?
 田島はそっと右足を上げてみた。
 29センチの大足によって一撃で息の根を止められた、メタルフレームの無残な残骸がそこから現れた。