死ねない世界
[死ねない世界]
気が付くと俺は道端に倒れていて周りに人垣ができていた。
「え!?」
慌てて飛び起きようとすると押しとどめられる。
「いや頭打ってるかもしれないから。もうすぐ救急車も来るし」
「急に倒れててびっくりしたんだよ。どうしたの?」
「えーと、角を曲がったトラックが突っ込んで来て死ぬと思って……」
俺は塾の帰りで道のわきを歩いていて、最後に覚えているのはトラックの閃光。頭が真っ白になった。
「まあ取り敢えず怪我もないみたいだし、良かったね」
「誰でも一回はそういうことあるよ」
俺が大丈夫そうなので人垣はだんだんと崩れて人の良さそうな人が何人か残って救急車が来るまで待って見送ってくれた。
病院でも異常なしの診断を貰ってでも俺は学生だしお金も保険証も持ち歩いていなかったので後で親の人に払いに来てもらう約束をして病院を出た。診察券を作る時に俺が描いた住所が無いとか携帯が使えないとか家の電話が全然違う人の所へかかったりとかで結構大変だった。俺は何かあったらまた病院へ来るように言われた。
家が無かった。家が急に無くなっていたとか知らない人が出て来たとかじゃなくて俺の家があった辺りの道が違っていて番地自体が存在しなかった。友人の家を何件か回ってみたけど家が無かったり違ったり知らない人が住んでいたりした。気が付くとよく似ているけれど町名も街も俺が住んでいた物とは微妙に違っていた。
病院へ戻ってそのことを告げると無料で泊めてもらえる公的施設を教えられた。この世界には俺みたいに『急に』現れる人間がいるらしい。カウンセリングが無料で受けられるので希望があれば伝えるように言われた。
その施設には俺と同じような境遇の人ばかりが泊まっていた。みんな何がどうなっているのか分かっていない様な感じだった。俺みたいに急に家が無くなってしまった人もいれば死ぬような病が急に治って健康になってしまって病院にいれなくなったと云う人もいた。『急に現れる現象』を研究しているとかいう人が話を聞きに来た。
俺は学生だったので他の人より早く全寮制の高校に入ることが決まった。知っている人は誰もいなかった。俺はそんなに勉強ができる方ではなかったけど歴史や理科の法則名や文学作品が微妙に違うことに気付いた。
友達もできて寮での生活にもすぐに慣れた。同じような年の人ばかりでも生活も楽しかった。
高校を卒業して俺はパソコンの専門学校に入った。病院が保証人になってくれて学費や生活費は全部国が出してくれた。俺が知っている日本より景気が良く優しいみたいだ。
彼女もできて専門学校を出た後の就職先も決まり俺の人生は順調だった。
いつもの様に学校からの帰りで電車に乗っていた。耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。
気付くと病院のベッドに寝ていた。右腕と左脚を骨折していてあばらも痛かった。全身が重かった。6人部屋にいて同じような境遇の人ばかりいた。電車が正面衝突を起こした大事故だったらしい。連日テレビはその話で持ち切りだった。1/3の人が助け出された所で火の手が上がり焼け死んだ人もいたらしい。そう考えると俺は運が良かった。
また帰る家が無くなった事が分かったのは1週間後、ベッドから起き上がれるようになってからだった。彼女とも友人とも連絡は付かなかった。俺はまだ自力では動けなかったので退院できるようになるまでは病院にいることが決まっていた。軽症で済んで俺と同じ『急に現れた』人は行く先もなく途方に暮れていた。この国では保証制度が無いらしい。
俺は完治まで半年掛かると言われていた。その間に就職先を探し入院費は公的資金の借り入れで払って働いてお金を返して行くことが決まった。未成年だと云うことでこれでも優遇してもらった方らしい。随分世知辛い世の中だと思った。何回か面談した公務員の人は疲れ切った表情をしていた。
利息が膨らみ俺が借金を返し終わったのは45歳の時だった。その時には妻と子どももいて学資や住宅ローンなど別の借金の返済に追われることにはなっていたのだが。それなりに幸せな家庭だった。妻も『急に現れた』人で前の世界でのことを懐かしがって良く似た物を探していた。
娘の高校入学を祝って春休みに家族で海外旅行をすることになった。娘はすごく楽しみにしていて久し振りに「パパ!」なんて可愛らしく呼んでくれた。
乗っている飛行機のエンジントラブルが伝えられのは日本を遠く離れた上空でだった。ハザードランプが付き人々は怯え俺は妻と娘を抱きしめた。
気が付くと俺は密林の中に倒れていた。傍には誰もいない。声を上げて人を求め街を探したが誰もいなかった。どこまでも密林は続いていた。途中でバナナとか食べられそうな物を見つけては食べていた。悪寒を感じ振り返ると豹の様な人の背丈よりも大きい黒い獣がこちらを見ていた……。
獣に飛びかかられたり木から落ちたり崖から落ちたり、一体何度繰り返しただろう。途中で数えるのを止めてしまった。もうおじさんの身体はそんなに俊敏にはできていなかったのですぐに獣に襲われた。それともそういうものなのかもしれない。所詮人間では猛獣には敵わない。
ゲームの様だった。リセットボタンを押したら死んだ場所からまた始まる。前にあった人も初めましてに変わるリセットボタン。流石に俺もこれは運良く助かっているのではなく『死んで』いるのだと気付いた。ゲームと違うのは世界自体が変わってしまって制度も登場人物も全部入れ替わってしまうこと。何で死んでも死んでも終わりが来ないのか分からなかった。死後の世界にしてはあんまりだった。辛くて苦しくてまた死がやって来てその後にもまだ世界は続いて死がやってくる。もう疲れた。でも死んだところで解放が無い。もう生きる気力もない。
「おっさん、生きてる?」
少年の声が聞こえたのは俺が死んだように木の根元で寝ていた時のことだった。俺が目を薄く開けると松明を持ったターザンの様な少年が居た。
「そんなとこで寝てると食われちまうぞ」
「知ってる」
「死にてぇのか?」
「……」
死にたい訳ではない。でも生きたい訳でもない。ただ安らぎが欲しい。
「しょうがねぇおっさんだなぁ。立てるか?」
体を動かすと案外簡単に立つことができた。
「なんだ。しっかりしてんじゃん。俺の宿連れてってやるよ。火があれば獣は来ないしな!」
少年は俺を洞窟の様な所へ連れて行った。そこには長老然とした風情の老人が一人で火の番をしていた。
「お客人、旅の人かい? それとも宝探しの人かい?」
「どっちでもない……」
「そうかい。まあ座って火にあたりなさい」
老人は草で作った座布団の様な物を出して来る。
「昔話をしてあげよう。わしは若い頃はここじゃない世界にいたんだ」
「爺、またその話かい。何もお客人にするこたぁないだろう」
少年は水を飲んでいたようだが顔を上げて口を尖らせた。
「そんなことを言うならお前は今日の分を取って来たのかい?」
「まだだよ。まだだけど人を拾って来たんだから良いじゃないか」
「そう言うなら黙っておいで」
少年と老人は何でもないことの様に会話する。
「おじいさん、俺はその話、聴きたいです」
気が付くと俺は道端に倒れていて周りに人垣ができていた。
「え!?」
慌てて飛び起きようとすると押しとどめられる。
「いや頭打ってるかもしれないから。もうすぐ救急車も来るし」
「急に倒れててびっくりしたんだよ。どうしたの?」
「えーと、角を曲がったトラックが突っ込んで来て死ぬと思って……」
俺は塾の帰りで道のわきを歩いていて、最後に覚えているのはトラックの閃光。頭が真っ白になった。
「まあ取り敢えず怪我もないみたいだし、良かったね」
「誰でも一回はそういうことあるよ」
俺が大丈夫そうなので人垣はだんだんと崩れて人の良さそうな人が何人か残って救急車が来るまで待って見送ってくれた。
病院でも異常なしの診断を貰ってでも俺は学生だしお金も保険証も持ち歩いていなかったので後で親の人に払いに来てもらう約束をして病院を出た。診察券を作る時に俺が描いた住所が無いとか携帯が使えないとか家の電話が全然違う人の所へかかったりとかで結構大変だった。俺は何かあったらまた病院へ来るように言われた。
家が無かった。家が急に無くなっていたとか知らない人が出て来たとかじゃなくて俺の家があった辺りの道が違っていて番地自体が存在しなかった。友人の家を何件か回ってみたけど家が無かったり違ったり知らない人が住んでいたりした。気が付くとよく似ているけれど町名も街も俺が住んでいた物とは微妙に違っていた。
病院へ戻ってそのことを告げると無料で泊めてもらえる公的施設を教えられた。この世界には俺みたいに『急に』現れる人間がいるらしい。カウンセリングが無料で受けられるので希望があれば伝えるように言われた。
その施設には俺と同じような境遇の人ばかりが泊まっていた。みんな何がどうなっているのか分かっていない様な感じだった。俺みたいに急に家が無くなってしまった人もいれば死ぬような病が急に治って健康になってしまって病院にいれなくなったと云う人もいた。『急に現れる現象』を研究しているとかいう人が話を聞きに来た。
俺は学生だったので他の人より早く全寮制の高校に入ることが決まった。知っている人は誰もいなかった。俺はそんなに勉強ができる方ではなかったけど歴史や理科の法則名や文学作品が微妙に違うことに気付いた。
友達もできて寮での生活にもすぐに慣れた。同じような年の人ばかりでも生活も楽しかった。
高校を卒業して俺はパソコンの専門学校に入った。病院が保証人になってくれて学費や生活費は全部国が出してくれた。俺が知っている日本より景気が良く優しいみたいだ。
彼女もできて専門学校を出た後の就職先も決まり俺の人生は順調だった。
いつもの様に学校からの帰りで電車に乗っていた。耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。
気付くと病院のベッドに寝ていた。右腕と左脚を骨折していてあばらも痛かった。全身が重かった。6人部屋にいて同じような境遇の人ばかりいた。電車が正面衝突を起こした大事故だったらしい。連日テレビはその話で持ち切りだった。1/3の人が助け出された所で火の手が上がり焼け死んだ人もいたらしい。そう考えると俺は運が良かった。
また帰る家が無くなった事が分かったのは1週間後、ベッドから起き上がれるようになってからだった。彼女とも友人とも連絡は付かなかった。俺はまだ自力では動けなかったので退院できるようになるまでは病院にいることが決まっていた。軽症で済んで俺と同じ『急に現れた』人は行く先もなく途方に暮れていた。この国では保証制度が無いらしい。
俺は完治まで半年掛かると言われていた。その間に就職先を探し入院費は公的資金の借り入れで払って働いてお金を返して行くことが決まった。未成年だと云うことでこれでも優遇してもらった方らしい。随分世知辛い世の中だと思った。何回か面談した公務員の人は疲れ切った表情をしていた。
利息が膨らみ俺が借金を返し終わったのは45歳の時だった。その時には妻と子どももいて学資や住宅ローンなど別の借金の返済に追われることにはなっていたのだが。それなりに幸せな家庭だった。妻も『急に現れた』人で前の世界でのことを懐かしがって良く似た物を探していた。
娘の高校入学を祝って春休みに家族で海外旅行をすることになった。娘はすごく楽しみにしていて久し振りに「パパ!」なんて可愛らしく呼んでくれた。
乗っている飛行機のエンジントラブルが伝えられのは日本を遠く離れた上空でだった。ハザードランプが付き人々は怯え俺は妻と娘を抱きしめた。
気が付くと俺は密林の中に倒れていた。傍には誰もいない。声を上げて人を求め街を探したが誰もいなかった。どこまでも密林は続いていた。途中でバナナとか食べられそうな物を見つけては食べていた。悪寒を感じ振り返ると豹の様な人の背丈よりも大きい黒い獣がこちらを見ていた……。
獣に飛びかかられたり木から落ちたり崖から落ちたり、一体何度繰り返しただろう。途中で数えるのを止めてしまった。もうおじさんの身体はそんなに俊敏にはできていなかったのですぐに獣に襲われた。それともそういうものなのかもしれない。所詮人間では猛獣には敵わない。
ゲームの様だった。リセットボタンを押したら死んだ場所からまた始まる。前にあった人も初めましてに変わるリセットボタン。流石に俺もこれは運良く助かっているのではなく『死んで』いるのだと気付いた。ゲームと違うのは世界自体が変わってしまって制度も登場人物も全部入れ替わってしまうこと。何で死んでも死んでも終わりが来ないのか分からなかった。死後の世界にしてはあんまりだった。辛くて苦しくてまた死がやって来てその後にもまだ世界は続いて死がやってくる。もう疲れた。でも死んだところで解放が無い。もう生きる気力もない。
「おっさん、生きてる?」
少年の声が聞こえたのは俺が死んだように木の根元で寝ていた時のことだった。俺が目を薄く開けると松明を持ったターザンの様な少年が居た。
「そんなとこで寝てると食われちまうぞ」
「知ってる」
「死にてぇのか?」
「……」
死にたい訳ではない。でも生きたい訳でもない。ただ安らぎが欲しい。
「しょうがねぇおっさんだなぁ。立てるか?」
体を動かすと案外簡単に立つことができた。
「なんだ。しっかりしてんじゃん。俺の宿連れてってやるよ。火があれば獣は来ないしな!」
少年は俺を洞窟の様な所へ連れて行った。そこには長老然とした風情の老人が一人で火の番をしていた。
「お客人、旅の人かい? それとも宝探しの人かい?」
「どっちでもない……」
「そうかい。まあ座って火にあたりなさい」
老人は草で作った座布団の様な物を出して来る。
「昔話をしてあげよう。わしは若い頃はここじゃない世界にいたんだ」
「爺、またその話かい。何もお客人にするこたぁないだろう」
少年は水を飲んでいたようだが顔を上げて口を尖らせた。
「そんなことを言うならお前は今日の分を取って来たのかい?」
「まだだよ。まだだけど人を拾って来たんだから良いじゃないか」
「そう言うなら黙っておいで」
少年と老人は何でもないことの様に会話する。
「おじいさん、俺はその話、聴きたいです」