親愛なる我が敵へ
しかし、それはブライツ王国に捕虜として連れ帰った後も可能だと考え、フュウを王国へと連れて行かせた。
それを見届け、ヴァインはイリスを追い、深手を負わせたのだった。
だが、その後フュウがどうなったのかは知らない。ヴァインは当時、下っ端の身分だったのだから。自分が出世したのは、イリスを倒して一ヵ月後、リフク公国が攻略されてからだ。
「ま、あんたにんなコト言っても無駄だと思うけどよ。とりあえず言っておく」
・・・やはり、国王を襲撃したのは彼らのようだ。
「・・・・・・今、貴方達は何をしているのです?陛下を襲ったのは、貴方達でしょう?」
「そりゃ~・・・いつも通り、依頼をこなす仕事屋さ。ブライツ王国と戦いながら、だけどな」
にっと歯を覗かせ、ディークは笑った。
そうだ、とヴァインは慌てる。
彼が背負っている長剣は、フュウのものと同じ。
「貴方は何故、フュウ・トリフェスの長剣を持っているのですか?!ディーク・ロー!!」
「イリスもこれ見てビックリしたんだよな。俺は、奴の影武者だよ。恐れぬ獅子は、俺とフュウが二人居ての綽名さ」
「何ですって・・・?!では・・・、我らの仲間を倒したのは・・・!!」
ヴァインは、手に入れたばかりの金属棒を取り出した。
「ここで、やるのか」
「・・・・・・っ、王国に帰る前に、貴方に一矢報いなければ、僕は・・・!!」
「戦いたきゃ、戦で会おうぜ、ヴァイン。此処で俺に負けて、二度と王国に帰れないまま死んじまっていいのか?」
ぐっと、ヴァインは堪えた。
「僕が負けたまま、国に帰る事は、陛下へ傷を付ける事になる!!」
「言わなきゃ良いだろ、そんなこと」
「そんなこととは何だ!!愚弄するなっ!!」
ヴァインは金属棒を回し、そのままディークの頭部を狙った。
「遅いぜ」
びゅん、と風が唸った。
ヴァインの目に飛び込んできたのは、例の長剣。
甲高い音がして、棒が二つに折れた。
「これで、今回の所は終わりだな」
「く・・・っ」
ヴァインは両膝を折った。
完璧に、負けだ。この間のように、イリスが居ないにも関らず。
「ディーク・ロー・・・僕を殺せ!!」
「断る。だってお前、王国の為に死にたいんだろ?一人の人間に負けて死ぬのが、王国の利益になんのか?今ここに居る俺は、仕事屋のディーク・ローだ。連合国の一兵士としての俺に会った時は、容赦はしないぜ」
長剣を背中の鞘に納め、ディークは言った。
(そうだ・・・僕は)
収容所を抜け出したのは、王国を護る為。
「――――そうですね。・・・今回は、貴方の通りにしましょうか。仕事屋としての貴方より、連合国軍兵士としての貴方を倒した方が、国の利益にもなりますから」
「はっきり言ってくれるな~、イリスみたいだ」
ディークは苦笑いしながら、頭を掻いた。
折れた棒を拾い、ヴァインは立ち上がった。
「王国に帰る前に、一つ、頼み事をしてもいいでしょうか?伝説の仕事屋、ディーク・ロー」
「ああ、いいぜ。何だ?」
ヴァインはふっと微笑んで、ディークにあるものを手渡した。
「では、また。戦場で会いましょう、ディーク・ロー」
「ああ。またな」
ヴァインはフードを被り直すと、ディークに背を向けた。
空虚な心に、目的が一つ、また一つ増えた。
だがそれは、自分が戦いの中でしか生きられないからでもある。
(それでも、これが僕の選んだ道。目的が無いよりも、ずっと素晴らしい事だ)
空虚な心より、戦いで心を埋められるのならば、それで良い。
「待っていて下さい、陛下、我が愛する王国よ」
目指すは、ブライツ王国。
目指すは、王国の為に己が血を奉(ささ)げる事。
ヴァイン・レイフは、歩き始めた。
ブライツ王国の隣国、ザクマン共和国。
ディークは、この国に住む戦友の元へ赴いた。とはいっても、現在の住処がここなのだが。
「あ、ディークさん」
「あら、ディーク。帰っていたの」
「ああ、今な」
ディークの相棒、イリス・バルトはベッドに半身を起こし、数年前に助けたフュウの娘、レティシアと話をしていた。
「お前いいのか?起き上がったりなんかして」
「大丈夫よ。もうほとんど良いし。で、そっちはどうだったの?」
「あいつに会ったぞ。えーと・・・・・・、ヴァ、ヴァー何とかっていう・・・・・・」
「ヴァインに?」
「あ、そーそーそいつだ、あはははぐおっ?!」
笑いながらうなずくと、ディークは後頭部に拳を喰らった。
「もうっ、笑い事じゃないわよ、ディークさんっ!!その人、イリスおねえさんを殺そうとした人よ!?」
彼を殴ったのは、レティシアだった。彼女はイリスに守られながらリフク公国を脱出したのだから、ヴァインの事を知っているらしい。
「いってて・・・大丈夫だって。あいつと約束したからな、戦場で会おうって。だからここには襲ってこねぇよ。ほら、イリス」
「え・・・・・・」
「あいつから頼まれたんだ。お前に手紙」
イリスは、ディークからしぶしぶ手紙を受け取る。いや、手紙というよりは、布きれに文字を書き込んだもの。
「なー、何て書いてあんだ?」
「気になる?」
「ああ」
ディークには、イリスが手紙を読んですぐ、苦笑したのが分かった。
イリスが、ずいとディークに手紙を渡す。
『――――親愛なる我が敵へ
戦場で会いましょう。 ヴァイン・レイフ』
「敵とか言っておいて、親愛なるっていうのはどういう事なんでしょうね」
「ほんとだ~。変な手紙」
「変って言うよりは、彼が書いたっていうのが滑稽ね」
イリスは苦笑しながら、ディークを見た。
「ディーク、何かしたの?」
訊かれて、ディークはにやりと笑った。
「いーや?別に」
ヴァイン・レイフは、その後、反ブライツ王国連合国とブライツ王国との戦に参戦した。
ディーク・ローとイリス・バルトに、彼が再会したかどうかは定かではない。
ただ、最期まで王国の為に戦った事は確かである。
王国と連合国との戦が、どちらに軍配が上がったかは、また別の話。
終わり