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仕事伝説 ―彼と彼女―

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 そしてその夜。フード付きのマントを纏った十五人の集団が、暗がりであるというのに、窓越しに見えた。
 指差し、言う。
「あれ?」
 リュカスとヴァインは屋敷外の警備兵をあらかた倒し、部屋に戻って待っていた。
「ああ、そうです。時刻通りに来てくれましたね」
 爆音がした。火系の魔術。それも騎兵師団を壊滅出来る、対十万人殲滅用の強力無比のものだ。
 屋敷のあちこちで、火の手が上がる。
「これで全てが燃えます。退路が無くなる前に、フュウと娘を抹殺しましょうか」
 リュカスは静かにうなずき、その部屋を退散した。

 やはり、自分は人が良すぎるのだろうか、とフュウはその長剣を振るいながら思った。
 叔父であるネフトが、自分をブライツ王国と密約した容疑で、逮捕もしくは娘共々抹殺せよとの命令を下した事は知っていた。しかし叔父は、『メイス』に利用されたのだ。
 この誤解を解こうとしたが、もう遅い。
 それでも彼は、逃げようとは考えなかった。
 逃げた所で捕らえられ、殺されるならば、祖国で死んだ方がましであった。
 だが娘だけは、生かしてやりたかった。彼女が『メイス』の人間だと知った時、娘を頼もうかと思った位だ。
 だが、所詮浅はかな考え。あの機関の人間が、そう簡単に国を裏切る筈がない。
 長剣の弱点を突いて、一人が彼の懐深く接近した。後ろに下がろうとして、やめた。
 後ろには、必死で守り通している、愛娘が居るのだ。雄叫びを上げて、彼は渾身の力で長剣を引き戻した。

 大分火が廻り出した。口を布で覆いながら、リュカスとヴァインは残った警備兵を倒し、フュウの部屋へと向かっていた。
「流石に、ここには警備兵が多いですね。きりがない」
 苦笑するヴァイン。部屋に行くのは諦めて、彼が焼死するのを待った方がいいかもしれない。
「私はやるわ。元々、これは私の任務なんだから」
「そうですか?では、僕はここの警備兵を引き受けましょうか。行って下さい」
 彼は、自分程丈がある金属の棒を構え、彼女が警備兵達の間を掻い潜って行ってしまうまで、彼らを牽制した。そして、言う。
「では、行きますよ。僕が只の棒使いと言われないよう、貴方達には、踏ん張って貰いたいものです」
 ヴァインは不気味に笑った。まともな顔をしていても、やはり彼は『メイス』の人間であった。

 何とか先程の攻撃を撥ね返し、フュウは長剣を構え直す。敵は五人居た。残り、二人。
(ここから娘を連れ出さねばなるまいが・・・)
「貴方達、下がって貰える?彼は私の獲物なの」
 彼ははっとした。部屋に入って来たのは、リュカス。
 低い声でそう言われ、残った二人が後ずさりする。リュカスはそれを、目だけ追って見た。
 彼女はくっ、と笑った。異変を察し、二人がばっ、と身構えた。まさか・・・!と、目を見張らせて。
 リュカスは右腕をくん、と引いた。二人はばたばたと倒れ、糸でつながった二本のナイフが、彼女の手元に戻された。
「来て。こっちに退路があるから」
「リュカス・ウェッジ、お前は・・・」
「いいから!!」
 リュカスは怒号を飛ばした。今、自分のしている事に、彼女自身嫌だった。こんな事をする為に、先に来た筈ではなかったのだ。だが助けてしまった。仕方が無い。
 退路は南側。そちらにはまだ、仲間は集結してはいないだろう。
「南側なら厩がある!リュカス、馬に乗れるか!?」
「利用出来るならそうするわ」
「ならば娘を連れて、この国を脱出しろ」
 ぞく、とリュカスは悪寒を感じた。それは、自分には無理だ。
「無理なの、それは。貴方と一緒に、娘さんは逃がしてやれるけど」
「何故だ?」
 彼の問いに答えるべきか?自分の身がどうなっているか、彼に言って分かるだろうか?
「定魔名(じょうまみょう)、って分かる?」
「ああ。名によって身体、精神の安定を図るものだろう?」
「そう。『メイス』の人間の名は、全部それなの。魔術の一種で名を付けるから、確かに何でも強くなる。心が安定するから」
 しかし、『メイス』のそれは特殊であった。国への忠誠、及び裏切りによる逃亡を防ぐ為の、名による呪縛が掛けられているのだ。名を呪(しゅ)とし、その名が無ければ、生きていけないように。
 厩に着き、フュウは馬に鞍を置きながら言った。
「ならば、名を変えればいいのだろう?」
「簡単に言わないで。無理よ!」
「〝フュウ・トリフェスが名に於いて汝に名付けるものとする〟」
 フュウがそう唱えた。唖然として、リュカスはそれを見た。確かにこの呪文は、彼女が『メイス』に正式所属となった時、国王付きの魔術師が掛けたものと同じ。
「〝これの名により、汝の安定を図るものとする。汝の名は、イリス〟」
(嘘でしょ・・・?)
 自分の周りに、緑の光が纏った。抵抗は出来ない。リュカス、という名が消されていく。
「・・・これで・・・いいだろう・・・?娘を、連れて、脱出してくれ」
「まさか、そんな・・・無理して私に術を掛けたの!?」
「余り、・・・真面目じゃない生徒だったからな・・・姓は、力不足で・・・、変えてやれない。すまん」
 どっと汗をかきながら、フュウは言った。今までの疲労もあったが、それ以上だった。
「行ってくれ・・・、イリス。私の・・・、最初で最後の命令だ。・・・娘を、連れて・・・、ベルク共和国の、ディーク・ローを頼れ。彼は・・・首都、デフツに居る・・・・・・」
「・・・行くなら、どうして貴方が娘さんと逃げないの!?」
「狙いは・・・私だろう?少なくとも・・・今、は。だから・・・、お前に頼んだんだ・・・。さぁ行け、イリス」
 微笑む彼にうなずくと、リュカス・・・いや、イリスは彼の娘を抱えた。そして、それ以上彼の顔を見る事無く、馬の腹を勢いよく蹴って厩を抜けた。

「リュカス・ウェッジ!?何を!?」
 屋敷から脱出したヴァインは、幼い少女を抱え馬に乗った彼女に遭遇し、叫んだ。
 その少女を見て、彼はすぐに悟る。まさか、二手に分かれたのは、こうする為かと。
 将来を考えると、国が危うい。舌打ちし、ヴァインは外に待機していた魔術師の元へと駆けた。
「大変です!リュカス・ウェッジが・・・」
「分かっている。今、交戦中だ」
 抗戦しながら、イリスはヴァインの隣に居る男を睨み付けると、寄って来る十人の元・同僚をナイフで払い除け、さらに馬を加速させてくる。
「だが奴も私達同様、定魔名を付けられた人間だ。何も出来まい。こうされたらな」
 彼は手を複雑な形に曲げ、叫んだ。
「〝リュカス・ウェッジ、汝の身体、弾けよ〟!!」
 名を呼ばれれば、その通りに身体は破裂する。だが、彼女は少し苦しそうな顔をしただけで、彼とヴァインを蹴散らした。
 魔術師は忌々しげに、再び手を曲げた。
「〝リュカス、汝の身体、固まれ〟!!」
 この距離だ。確実に効いた、とヴァインは思ったが、ナイフを投げられる。やはり効かない。
「馬鹿な・・・!あと少しで効きそうなものを・・・!どういう事ですか!?」
「ふん。名を変えて貰ったに違いない、あの男にな。だが、中途半端だったようだ・・・。
 〝ウェッジ、汝の身体、弾けよ〟」

(っ?!)