仕事伝説 ―彼女の日記―
まぁ、確かに、あの絶叫は人間のものじゃぁないから、そう言いたくなる気持ちは良く分かるけど・・・・・・。
「リュカス・ウェ・・・じゃなかった、イリス・バルト!!あ、貴女はあれから想われているのですか!?」
敵という立場も忘れて、口をわなわなさせながら、ヴァインが尋ねてくる。
「違うわよ!あんな軟体動物に、意思なんてものがあるわけ無いでしょう!?」
――――あ。仕舞いに私も、彼を下等動物に例えてしまった。やっぱり、本心はそう思ってしまう。
「ん・・・?あーっ!!そこに居たのかよ、イリス!!逃げたんじゃなかったのか?」
ようやく人としての理性が戻ったのか、ディークは私を認めて叫んだ。
「だから、誰が逃げるって言ったのよ!!」
思わず私も呆れて言う。一体何を聞いていたんだか。
「と、ともかく・・・・・・彼は貴女の仲間なのですね?」
ヴァインがようやく気を取り直して、金属の棒を構えてくる。
私も我に返って、身構えた。ディークのお陰で、一瞬私までもが戦意を削がれてしまっていた。
ディークは、そんな私達の様子を見て。
「何だ?お前ら、知り合いなのか?」
「知り合いって・・・・・・、そんな仲良さそうに見えますかっ!?」
「貴方ね、何処を見たらそう思える?」
「・・・現時点じゃぁ、そうじゃなさそうだよなぁ?」
と、分かっているのか分かってないのか。ボケも好い加減にしてもらいたいわ。そう、突っ込みそうになった時だった。
「んじゃ、イリス。そこ退いてろ。フラフラしてるじゃねぇか」
「そんな事、無いわよ・・・」
「違う。お前が気付いてないだけだ」
「え・・・」
そう言われて、足元を眺めた。少し、血溜りが出来ている。
それから、止血もしていなかった側頭部に手をやる。
まだ、血の流れ出ている感覚が、手を伝って感じられた。
仕方ない。舌打ちして、軽くうなずいた。
「――――分かったわ」
私は頭に手をやったまま、ヴァインから間合いを取り、代わって、ディークが彼と向き合った。
「貴方は何者ですか?こちらとしても、今後の事によっては、よくお付き合いをするかもしれませんのでね。お名前を、是非」
「へぇ、そいつぁいいハナシだな」
彼の言葉をどう受け止めているのか、ディークはにやりと笑った。
「けど、アンタから先に名乗るべきだろ」
「あぁ、申し遅れましたね。僕はヴァイン・レイフと申します。イリス・バルトを、掟により抹消しに参った者です」
「イリスを・・・!?お前、まさかスパイなのか?」
「そう言う事です」
ヴァインからそれを聞いて、ディークは少し顔をしかめた。
貴方には関係ない。なのに、なんでそんな顔をするの?
「では貴方のお名前を、聞かせていただけますか?」
「ディーク・ロー。『伝説の仕事屋』だっ!!」
そう言い捨てて、ディークはヴァインに向かって拳を放った。
「そんな隙の多い攻撃など・・・!!」
ヴァインの棒が、彼の腹部へ吸い込まれていく。
ダメだと、私は何故か思った。
そして、咄嗟にナイフを投げていた。そう、その行動は全て、無意識。
「なっ!!」
棒がディークの腹部に当たる前に、投げたナイフはそれを弾き飛ばした。慌ててヴァインが棒を折って振り回そうとするけれど、それまでの隙を、ディークが逃すはず無かった。
「寝てろっ!!」
ディークの拳は重い。ずしん、とその拳がヴァインの鳩尾に入った。声も上げずに、倒れる。
「く・・・っ、イリス。・・・これで、陛下が諦めると・・・思うな・・・っ!!」
「・・・・・・ええ、肝に銘じておくわ」
ヴァインは悔しそうに声を上げると、気絶した。一瞬、私を睨みつけて。
「ふぅ・・・・・・。ありがとな、イリス」
「別に。貴方が危なっかしい事しようとしてたから」
そう言って、私は彼から背を向けた。そのまま歩き出す。
「おい、何処に行くんだよ」
「上部が私が生きている事を知ったからには、これからも追っ手が来るわ。私は、もうここには居られない。だから、さよなら」
「何言ってんだよ。俺みたいな奴が居るって知れば、そいつらも安易に手ェ出せないだろ」
「はぁ?」
私は気の抜けた声を出した。ど、どうしてそんな考えに行き着くのよ??やっぱり、ボケてるわね!
「あ、あのね、ディーク」
「それより、コイツどうする?」
そう言うのも無視して、ディークは私に尋ねてきた。未だ、気絶したままのヴァインの事だった。
あ~、もう仕方ない。何を言っても無駄だろう。付き合ってあげる。
「そうね・・・・・・。取り敢えず、借金は帳消しになると思うけど」
「はぁ?」
今度はディークが声を上げる。
私はただ微笑んだだけで、彼の疑いの目には、答えなかった。
あるスパイ機関で、大事件が起こった。そこで中核の役割を果たしていたヴァイン・レイフが、姿を消したのだ。
彼は、抹消しようとしたリュカス・ウェッジとある男によって、返り討ちに遭い、警察へと引き渡されたという噂が流れていた。
それから刺客を送る話は、機関内で慎重にせざるを得ない問題となったらしい。
「だから言ったろ?俺の言った通りだって」
「はいはい。そうね」
そう豪語するディークに、イリスは苦笑してうなずくのだった。
終わり
作品名:仕事伝説 ―彼女の日記― 作家名:竹端 佑