仕事伝説 ―彼女の日記―
『仕事屋』。この名前で、連想するものといったら?
――――必殺・・・。
では無く。
『仕事屋』は、いわゆる『何でも屋』というもので、人を殺す事を生業とはしていない。
しかし恥ずかしい事に、その中で『俺が伝説の男だ!』と自称する、おめでたい者が居る。自分が一番腕が立つ、と。
これは、そんな男の行動を記した、あるイミ幸せな(?)女性の日記である。
自称、『伝説の仕事屋』のディーク・ローは、よく叫ぶ。
――――いや、絶叫する。
「△●☆◎※×♂っっっっ!!!!???」
彼がどう叫んでいるのかと聞かれても、説明出来ない。何と言って良いか分からない。
何故ならこれはどう考えても男の悲鳴ではないし、人間の悲鳴とも思えない。
そして、こう言うのだ。
「赤字だって!?」
そして私――――イリス・バルトはぶっきらぼうに答えるか、うなずく。
「そ、そんにゃバキャな・・・・・・」
ディークは羊皮紙のように、へなへなと座り込んだ。地上には、一定の重力が掛かっているはずなんだけど。
体の構造は一体どうなっているのだろう。
「ディーク?どうしたのよ。いつもの事じゃない」
「そ、それを言うなぁぁぁっ!!!」
そう言って頭を抱え、ディークは更に重力が掛かったかのように、床に腹ばいになる。
こうなると、羊皮紙は羊皮紙でも、水を大量に吸って、使い物にならなくなったやつみたいだ。
「なぁ、どうにかならないか?」
何とか顔だけを上げて、ディークは私に問い掛けてくる。頭部以外は未だに平べったいままで。
いつも思うのだけれど、自分で解決しようとか考えないのだろうか。
「そうね・・・・・・って、あら?」
「ん?どうしたんだ?」
今まで無かった事態だ。流石にこれは、お手上げね。
教えないのは、彼の為に良くない。意を決し、告白した。
「ディーク、あのね・・・」
「な、何だよ・・・?」
私は暫く黙っていた。すぐ言っても良かったけれど、あちらとしても、心の準備が要るだろう。
「トドメを刺すようで悪いけど、何の依頼も来てないわ。こんなの初めてよね。赤字でも、依頼だけは来てたのに。やっぱり年明けとなると、誰も依頼しないのね・・・・・・って、聞いてる?ディーク」
「・・・・・・」
ディークは魂が抜けていた。・・・無理ないか。
「御愁傷様。これを機に、私は何処へなりとも行かせてもらうから。じゃあね」
「ま、ま、待てよぉぉぉぉぉっ!!!」
私がそう言って外へ出ようとすると、ディークが私の足を掴んでイヤイヤをする。その動作は本当に、子どもじみているというか、何というか・・・・・・。
「大丈夫よ、まだ赤字になったばかりだしね。もう暫くは居させてもらうつもりだから」
私は意地が悪そうに言うと、ディークの掴んでいる手を空いている片足でぐにゅと踏み潰して、外へと出た。
再び、彼の人間とも思えない絶叫が響き渡ったが、私は無視した。
ディークの家は下町にある。私はあれからその通りを歩いていて、歩みを止めた。
自分の全感覚に、『危険』を告げる何かが尾いて来ていたから。・・・そう、それはうざったい、けれど懐かしい気配。
銀色の長髪、青い瞳、手に持った金属の棒。日焼けしない肌は、故国の人間の特徴だ。
「出て来るんなら、早めに顔を見せてくれる?私の記憶が正しければ、ヴァイン・レイフ・・・とか言ったかしら」
「・・・気付いていましたか。未だに腕は鈍っていないようですね、リュカス・ウェッジ」
ヴァインはそう言って、間合いギリギリまで近付いて来る。彼が言った名は、私の昔の名だ。
「・・・その名は捨てたわ。で、ここに居るっていう事は、私が生きているのを知ったからかしら?」
私は以前、ある国のスパイをやっていた。裏国家公務員、という名称が合うんじゃないだろうか。
何故辞めたかというと、任務に失敗したからだ。意図的ではない、とは言えないけれど。
失敗をした時点で、スパイとして失格。もし失敗したら、死を選ぶよう教え込まれている。だから、上司達が見逃したのだろうかと、私は疑っていた。
――――今更だけど、一筋縄ではいかない、という事らしい。
・・・大体、私が今生きているのは、ディークのせいだ。私は、死ぬつもりだったのに・・・・・・助けたりなんかして。
「お察しが早くて助かります。掟により、――――貴女には、此処で死んで頂く。今度こそ陛下への罪、贖(あがな)って貰います」
「断る。リュカスという人間は死んだわ。今の内に、尻尾巻いて逃げ帰りなさい。・・・痛い目見るわよ」
私はナイフを数本、腰から引き抜く。彼は私とは違い、金属の棒使い。
攻撃範囲は限られているけれど、それで何人も、彼の餌食となった。任務を共にしたのは一度だけだが、全くあなどれない男だ。
「それには及びません。貴女には引けを取りませんから。・・・取り敢えず、今の貴女の名は?」
「・・・イリス。イリス・バルトよ」
「イリス、ですか。良い名を貰ったものですねっ!!」
ヴァインが言うのと同時、やはり金属の棒を得物に、突進して来る。
私はただ、それをかわす。一撃で、全部終わらせるつもりで、彼の反対側に立った。
「甘いですよ」
「っ!?な・・・!」
鈍い音がした。咄嗟に避けたつもりだったけれど、私は道に叩きつけられた。彼の得物が途中で折れ、そのまま振り回されたからだった。・・・ただの棒じゃない。
側頭部から、かなりの血が流れ出て、片方の視界が遮られる。もし、少しでも避けようとしなかったのなら、死んでいた。彼は得物を、棒の形に直すと。
「言い忘れていたのですが、僕も以前の僕ではない。貴女が消えてから、上部に重用されるようになりましてね。棒を途中で折れるようにして、それにつけた紐で、振り回せるようにしたんですよ」
「ふぅん、腕を磨いたってワケ。二年前のデータは、確かに古すぎたわね」
「僕が二年前のままだと、そう思っていたのですか?」
有り得そうな話だったけれど、長くあの世界から抜けていたお陰で、ディークという男と行動を共にするようになったお陰で、私はそこまで頭が回らなくなっていたみたいだった。
ったく、良い事なのか、悪い事なんだか、さっぱり分からない。
「半分はね。・・・じゃあ、もう少し本気を出しましょうか」
「そう来なくては」
ヴァインが何処か、嬉しそうな声で言った。――――勝たなければ。
「行きますよ!」
彼が再び棒を構えようとした時だった。
「イ~リ~スぅ~・・・・・・何処だうぉわ~、ぎゃおす」
気の抜けた、後が意味不明な声が何処からともなく聞こえてきて、ヴァインの気力を吹き飛ばした。
可哀想に、彼はかろうじて、棒に掴まって体を支えている。
どうもディークの気の抜けた時の声は、人を脱力させる力があるらしい。慣れている私は、ただ鬱陶しくて、呆れる。
「な、何なんですか・・・ッ!!あの悲鳴らしきものを叫ぶ物体は!?」
「そーね、何でしょうね」
しかも、無機物呼ばわり。人権とか、生存権とか、そういうものは完全無視。
作品名:仕事伝説 ―彼女の日記― 作家名:竹端 佑