変われないままで
3月、晴れ空が続き桜の開花情報がニュースに流れはじめている。
花粉症のせいで鼻水がでる。息がしづらい。目もかゆい。
3年ほど前から花粉症になったがこれはひどい病気だ。日本から出て行きたいと思う時期が梅雨だけじゃなくなった。
桜の時期を除いて2月から9月までどっか外国へ逃げたい。10月から1月は沖縄にいたい。
大阪にいたいと思う日は少ない。
昨晩はKと阪急グランドビル30階のS・ダイニングという洒落た店で誕生日を祝った。
この日28歳になる彼女は俺の愛人だ。俺の愛人となった頃、彼女は20歳だった。その頃の俺は36歳とまだまだ若かった。8年が経った今でもまだ自分が年を取ったなどと思わない。朝起きるとき以外は。
レストランの予約時間を少し遅い20時30分に取った。
晩飯にちょうど良い時間帯の予約は埋まってしまったとのことで仕方なかった。もっと前もって予約しておきたかったのだが、お互い仕事の都合があって昨日までこの日の約束を確定できなかったのだ。
Kに会ったのは6時45分頃だった。天王寺にあるアベノルシアスというビルにあるカフェで働いていたので待ち合わせ場所は同ビル地下にあるインド料理店の前にした。エスカレーターで地下に降りてすぐにある店だ。
それから地下鉄に乗り梅田に向かった。時間的な余裕があったのでレストラン周辺のビリヤード店に行った。
8ボールを3回ほどした。1度目2度目は勝ったが、最後のゲームは負けてしまった。気付けば20時25分だったので慌てて店を出た。
Kは食に好き嫌いが多い。焼肉は食べない、寿司は食べない。ただ和食は好きと言ったりする。お好み焼きが好きだと言うのでお好み焼き屋に行ったら、ヤキソバばかり食べている。少食なのを忘れて「あ、お好み焼き食べる前にお腹いっぱいになっちゃいました」と言っていた。
Kは3ヶ月ほど前まで付き合っている男がいた。その男がKの有り金全部を持って逃げて以来、彼女は落ち込んでいた。俺は誕生日プレゼントと言って金をあげた。愛人らしさ、というもの以上の振る舞いは出来なかった。
S・ダイニングに着いて気付いたが、以前Aという女と来店したことがあった。話が逸れるがAとは5年前から2年前まで愛人として関係していた。お互い割り切っての付き合いをしていたのだ。
俺と別れてすぐに誰かと付き合ったのだろう、一年程度して子供が産まれたらしい。返信しなかったが携帯へ報告メールが来ていた。
人が寂しいときは、人で寂しさを埋めようとするものだ。絶対にそうだ、とは言い切れないが相対的には間違いでないだろう。
以前この店はワインバーという店名だった気がする。テーブルの配置も変わっていたので別の店になったのだろう。
30階から見渡す大阪の夜景が綺麗だった。
ハピネスコースとかいう(我々にとっては)馬鹿げた名のついたコース料理を頼んだ。
安いコースだったので味に期待していなかったが思ったより悪くなかった。メインの魚も肉も値段相応だ。デザートは無理を言って変更し、チョコプレートに彼女の名が入ったイチゴケーキにした。
Kは夜景にこそ感動していたが料理に満足しているように見えなかった。好き嫌いが多い女のエスコートは難しい。結局、生クリームも嫌いらしく誕生日ケーキもそう大して喜ばれなかった。今日までそれを知らなかったのは、誕生日を祝う、デザートを一緒に食べたのが今日で初めてだったからだ。
Kと俺には共通した思いがあった。ひとつは結婚なんてごめんだ、という考え。もうひとつは愛などいらない、という決めつけ。傷つくだけの愛など要らないとKは言う。俺に至っては愛ばかり求めていた時代などとうに過ぎた。
そう言いつつ俺は既婚者だ。40を過ぎた男がまだそんな事をしているのかと言われた事がなかったわけがない。俺だってまっとうに誰か愛し誠実に生きてみたいと思った日もあった。ただそれも面倒になっただけの話。
なるべき者になれない男は多い。
嫁はこの遊びを容認している。これくらいは悪さのうちに入らないからだ。それがまかり通る我々について述べよう。
嫁はレズビアンだ。「本当の恋人」は俺じゃない。我々は仮面夫婦だ。
変わった奴だというレッテルを貼られ続けた二人が世間に対して持てる唯一の盾が結婚だった。
出会った当時の嫁は家族や友達からも見放されていて自暴自棄になっていた。酒ばかり呑んでいてアル中寸前だった。
嫁とは大阪日本橋、黒門市場のすぐ裏手にある呑み処で出会った。確か、猫娘といったっけ。俺もその頃、自暴自棄とまでは言わないが虚無感しかない日々を過ごしていた。
嫁は酔った先で、こんな遊びを提案した。
「ねぇ、私がレズでもない普通の女で、あなたも真剣に誰かを愛するっていうゲームをしない?」
俺は「結婚しよう」と言った。
世間からは馬鹿な理由で結婚するなと散々言われたが、その頃の我々は「恋愛」以外の「愛」を求めていたように思う。
食後、Kと俺はホテル京阪ユニバーサルタワーに泊まった。
USJが見渡せる夜景の綺麗な部屋を取った。Kの好き嫌いは先ほどの通り何も把握していないが、夜景が好きなのは知っていた。
男がまず、星が好きだと言ってみる。女が私も好きだと機嫌よく返事すればあとは簡単だ。高層ホテルの部屋とるだけ。
その夜は二度セックスした。
良いセックスは次のセックスを呼ぶ。それを男は知っている。女は気付いている。知っていると気付いている程度の境目で我々は求め合い続けてきた。
21歳を迎えたばかりの女の体。若い血が通っている血管が青く透けて見えた。太ももの付け根から腹のあたりを撫でる。
夜中にKは目覚めた。僕も目覚めた。Kは遠慮しながら、けれどねだるように再度セックスを要求した。きっと俺ではなく、快楽が欲しいのだろう。
どちらでも良かった。
朝は9時10分に起きた。8時の起床予定だった。寝坊してしまった。10時に高知行きのバスを取っていたので青ざめて慌てた。
この週末は高知にいるNという愛人に会いに行く予定だったのだ。
梅田駅から9時29分発車の電車に乗ればギリギリ間に合うようだが、その電車が遅延した。西九条についた頃には9時50分だった。タクシーに乗ったがバスステーションに着いたのは10時5分。間に合わなかった。
受付に話をすれば12時発の次の便が空いているとのことでそれに変更してもらった。次からは遅延証明をもらってくるように注意された。
時間があるので紀伊国屋書店を通り抜けて梅田食堂に行こうとするとそこには異常と思えるほどの美人が立ち読みしていた。
花粉症のせいで鼻水がでる。息がしづらい。目もかゆい。
3年ほど前から花粉症になったがこれはひどい病気だ。日本から出て行きたいと思う時期が梅雨だけじゃなくなった。
桜の時期を除いて2月から9月までどっか外国へ逃げたい。10月から1月は沖縄にいたい。
大阪にいたいと思う日は少ない。
昨晩はKと阪急グランドビル30階のS・ダイニングという洒落た店で誕生日を祝った。
この日28歳になる彼女は俺の愛人だ。俺の愛人となった頃、彼女は20歳だった。その頃の俺は36歳とまだまだ若かった。8年が経った今でもまだ自分が年を取ったなどと思わない。朝起きるとき以外は。
レストランの予約時間を少し遅い20時30分に取った。
晩飯にちょうど良い時間帯の予約は埋まってしまったとのことで仕方なかった。もっと前もって予約しておきたかったのだが、お互い仕事の都合があって昨日までこの日の約束を確定できなかったのだ。
Kに会ったのは6時45分頃だった。天王寺にあるアベノルシアスというビルにあるカフェで働いていたので待ち合わせ場所は同ビル地下にあるインド料理店の前にした。エスカレーターで地下に降りてすぐにある店だ。
それから地下鉄に乗り梅田に向かった。時間的な余裕があったのでレストラン周辺のビリヤード店に行った。
8ボールを3回ほどした。1度目2度目は勝ったが、最後のゲームは負けてしまった。気付けば20時25分だったので慌てて店を出た。
Kは食に好き嫌いが多い。焼肉は食べない、寿司は食べない。ただ和食は好きと言ったりする。お好み焼きが好きだと言うのでお好み焼き屋に行ったら、ヤキソバばかり食べている。少食なのを忘れて「あ、お好み焼き食べる前にお腹いっぱいになっちゃいました」と言っていた。
Kは3ヶ月ほど前まで付き合っている男がいた。その男がKの有り金全部を持って逃げて以来、彼女は落ち込んでいた。俺は誕生日プレゼントと言って金をあげた。愛人らしさ、というもの以上の振る舞いは出来なかった。
S・ダイニングに着いて気付いたが、以前Aという女と来店したことがあった。話が逸れるがAとは5年前から2年前まで愛人として関係していた。お互い割り切っての付き合いをしていたのだ。
俺と別れてすぐに誰かと付き合ったのだろう、一年程度して子供が産まれたらしい。返信しなかったが携帯へ報告メールが来ていた。
人が寂しいときは、人で寂しさを埋めようとするものだ。絶対にそうだ、とは言い切れないが相対的には間違いでないだろう。
以前この店はワインバーという店名だった気がする。テーブルの配置も変わっていたので別の店になったのだろう。
30階から見渡す大阪の夜景が綺麗だった。
ハピネスコースとかいう(我々にとっては)馬鹿げた名のついたコース料理を頼んだ。
安いコースだったので味に期待していなかったが思ったより悪くなかった。メインの魚も肉も値段相応だ。デザートは無理を言って変更し、チョコプレートに彼女の名が入ったイチゴケーキにした。
Kは夜景にこそ感動していたが料理に満足しているように見えなかった。好き嫌いが多い女のエスコートは難しい。結局、生クリームも嫌いらしく誕生日ケーキもそう大して喜ばれなかった。今日までそれを知らなかったのは、誕生日を祝う、デザートを一緒に食べたのが今日で初めてだったからだ。
Kと俺には共通した思いがあった。ひとつは結婚なんてごめんだ、という考え。もうひとつは愛などいらない、という決めつけ。傷つくだけの愛など要らないとKは言う。俺に至っては愛ばかり求めていた時代などとうに過ぎた。
そう言いつつ俺は既婚者だ。40を過ぎた男がまだそんな事をしているのかと言われた事がなかったわけがない。俺だってまっとうに誰か愛し誠実に生きてみたいと思った日もあった。ただそれも面倒になっただけの話。
なるべき者になれない男は多い。
嫁はこの遊びを容認している。これくらいは悪さのうちに入らないからだ。それがまかり通る我々について述べよう。
嫁はレズビアンだ。「本当の恋人」は俺じゃない。我々は仮面夫婦だ。
変わった奴だというレッテルを貼られ続けた二人が世間に対して持てる唯一の盾が結婚だった。
出会った当時の嫁は家族や友達からも見放されていて自暴自棄になっていた。酒ばかり呑んでいてアル中寸前だった。
嫁とは大阪日本橋、黒門市場のすぐ裏手にある呑み処で出会った。確か、猫娘といったっけ。俺もその頃、自暴自棄とまでは言わないが虚無感しかない日々を過ごしていた。
嫁は酔った先で、こんな遊びを提案した。
「ねぇ、私がレズでもない普通の女で、あなたも真剣に誰かを愛するっていうゲームをしない?」
俺は「結婚しよう」と言った。
世間からは馬鹿な理由で結婚するなと散々言われたが、その頃の我々は「恋愛」以外の「愛」を求めていたように思う。
食後、Kと俺はホテル京阪ユニバーサルタワーに泊まった。
USJが見渡せる夜景の綺麗な部屋を取った。Kの好き嫌いは先ほどの通り何も把握していないが、夜景が好きなのは知っていた。
男がまず、星が好きだと言ってみる。女が私も好きだと機嫌よく返事すればあとは簡単だ。高層ホテルの部屋とるだけ。
その夜は二度セックスした。
良いセックスは次のセックスを呼ぶ。それを男は知っている。女は気付いている。知っていると気付いている程度の境目で我々は求め合い続けてきた。
21歳を迎えたばかりの女の体。若い血が通っている血管が青く透けて見えた。太ももの付け根から腹のあたりを撫でる。
夜中にKは目覚めた。僕も目覚めた。Kは遠慮しながら、けれどねだるように再度セックスを要求した。きっと俺ではなく、快楽が欲しいのだろう。
どちらでも良かった。
朝は9時10分に起きた。8時の起床予定だった。寝坊してしまった。10時に高知行きのバスを取っていたので青ざめて慌てた。
この週末は高知にいるNという愛人に会いに行く予定だったのだ。
梅田駅から9時29分発車の電車に乗ればギリギリ間に合うようだが、その電車が遅延した。西九条についた頃には9時50分だった。タクシーに乗ったがバスステーションに着いたのは10時5分。間に合わなかった。
受付に話をすれば12時発の次の便が空いているとのことでそれに変更してもらった。次からは遅延証明をもらってくるように注意された。
時間があるので紀伊国屋書店を通り抜けて梅田食堂に行こうとするとそこには異常と思えるほどの美人が立ち読みしていた。