小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

携帯彼氏6

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

客に向かってにっこり微笑み、彼女の目を見て話しかける。仕事だ、仕事に集中しよう。
「ねえ……あの人、誰?」
彼女はうっとりと俺の顔を見上げながら………俺の背後を見て、どこか呆けた顔をしてつぶやいた。
「え?」
俺は振り返り、そこに俺の携帯がいつものように落ち着きなく視線をさ迷わせている姿を見つけた。だけど、服装はさっきまでのバーテン服じゃない。緊張しているのか、いつもより表情が固い。
「………誰だ、あんな趣味の悪い服着せやがって!」
シルバーのシャツはサテン生地でてかてか光ってるし、おまけに襟にはフリルがついている。フリルシャツのホストだなんて、百年以上前のイメージじゃねえか。しかもわざとらしく前のボタンがかなり下まで外してある。
ただ、どこから持ってきたのかダークグレーのスーツだけはちゃんとサイズが合っていて、長い腕が更に長く見える。ご丁寧に大きなシルバーのカフスが留めてあるけど、あれは優飛の持ち物だ。確か、以前に彼が着けているのを見たことがある。
一つ間違えれば下品な服装だけど、顔の表情の素直さが光る服装を悪趣味に見せない。色白の肌に、濃い色のスーツが映える。アクセサリーも時計も何一つ身に着けていないのが、逆に新鮮だ。いつもはもしゃもしゃしてひよこみたいな髪は、整髪剤をつけられたんだろう。ちゃんと櫛を使って後ろに撫で付けられている。
整えそこなった前髪がぱらりと額に落ちて、うっとおしかったのかヒロは右手を上げて指先でそいつを払った。長い、形のいい指がさらりと髪を払い、顎を引いた形で逃げた前髪を目が追う。大きな目が一瞬伏せられて――――こっちを、見た。
いつも明るい色に見えた瞳が、薄暗いフロアの照明のせいで暗い色に光る。間の抜けた顔は一瞬真剣になり、その眼差しの鋭さに、女たちが息を呑む音が聞こえた。 
こいつが、俺の携帯?あの、泣き虫の、図体がでかいだけの、とろくさい、あいつなのか?
今まで彼のこんな顔を見たことがない。あれはそう、男の顔だ。力に満ちた、雄の匂いを漂わせている、危ない男。
「ヒロちゃん、素敵よー!」
聞きなれた声が入り口から響いた。アコだ。クロークにいる店長に向かって上着を投げつけ、両手を顔に当てて叫んでいる。なんだなんだ、昨日来たばかりなのに、どうしてまた来たんだ。いつも忙しくて週に一度か二度しか来れない彼女が、なんでまた……
「あっ!アコさま!」
厳しい表情が一気に明るい顔に変わった。ヒロは満面の笑顔で入り口に立ったままのアコに向かって手を挙げた。うってかわって柔らかな、どこまでも無邪気な雰囲気に変わり、誰もがぽかんとフロアの真ん中に立つ大男を見上げている。客だけじゃない、ヒロを見慣れているはずのホスト連中も口を開けて彼を見ている。
「素敵じゃない、ヒロちゃん。どうしたの、今日はバーテンじゃないのね」
「はいっ、今日からこちらに出て働けと、店長さんがおっしゃったので!」
「なんとなくヒロちゃんに会えると思ってきたら、出世してたのね!あたしの勘も満更じゃないわ……ね、店長、あたしのテーブルにヒロちゃんを連れて行ってもいいでしょ?」
「ええ、どうぞどうぞ!」
「よろしくお願いします!」
アコに腕を取られるヒロを、店の中の人間全員が目で追った。彼の容姿と中身のギャップに男たちは驚き、女たちは好奇の目を注ぐ。そんな二人の姿を、店長と優飛だけがにやにやしながら見ている。
そうだ、奴は確かに目立つ。アコが俺じゃなく奴を選ぶくらいに、女を無条件で引き寄せる。
だから何だって言うんだ、あいつの正体は携帯電話だぞ?携帯電話の機能にしか興味の無い、恋愛だの男女関係だのにはまったく無知なただの機械だ。
してやった、と言わんばかりに優飛は俺に目配せをして見せた。彼の周囲の女が勘違いをして黄色い悲鳴を上げ、ナンバーワンホストは機嫌よく高らかに笑う。 
腹の底がちりちりとする。この感情はなんだ?嫉妬か?思わぬところから出現したライバルに、自分の上得意を取られたからか?

…………………違う。
俺は、俺だけのモノだったヒロが、俺だけのモノじゃなくなるのが嫌なんだ。
この苛立ちは…………確かに、嫉妬だ。

「どうしたの?」
はっと我に返った。愕然としていた俺の肘に触れて、客は不機嫌な顔をしている。それもそうだ、これほどまでに客から意識を離したことなんてない。無視され続けて、ふくれっつらになった彼女の肩に僅かに触れ、顔を覗き込んだ。
「ごめん。あいつ新人だから、ちょっと心配になったんだ。でも君の方が大事だから………少なくともあいつは俺の恋人じゃないから、安心してよ」
彼女はくすくすと笑い、甘えた目つきで俺の顔を見上げてきた。薄物に包まれた柔らかい体がすり寄せられて、甘い香水の匂いを漂わせる。
もっと甘やかして。もっと大切に扱って。もっと私をちやほやして。いい気持ちにさせて、嘘でもいいから。どの客も皆一緒だ、そう顔に書いてある。何もかもがかりそめで、虚構の世界だ。これが今の俺。
 
なんでも本気になれない奴は、何にも手に入らないってことさ、だって?
こんな世界に、本気になる価値なんてあるもんか。

離れた席のソファの影に、金髪の頭がちらりと見える。アコと手を繋いだヒロの横顔は、心から楽しんで笑っているようにしか見えなかった。
作品名:携帯彼氏6 作家名:銀野