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携帯彼氏6

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簡単で楽に儲ける仕事、楽しい仕事、なんてそこらに転がってるものじゃない。当然だがホストの仕事はそんなに簡単なものじゃない。
嫌な客にも笑顔で、そして何より相手を気持ちよくさせなくちゃいけない。
女は皆、貪欲だ。もっと、もっと、と自分が快適になるサービスを欲しがっている。そいつを如何に機嫌よく、そして一回では満足させず、何度も来店させるかがホストの腕の見せ所だ。生かさず殺さず、惚れさせても心底惚れてやることはない、我ながらヒドイ商売だとは思っている。
俺の腕前はナンバー2、悪くは無い、そう思っている。だが、俺よりももっとヒドイ男……いや、ホストとしては上の男がいる。それが優飛だ。
優飛は売り上げが伸びないうちの店に、他の店からてこ入れでやってきた。実際彼が馴染み客をひっぱってきてくれたおかげで、うちの店の売り上げは確実に伸びている。優飛に指名がかかる度に店長はほくほく顔だ。
体型はスマートで、まるで少女漫画の中から出てきたような美形だ。切れ長の目、繊細な作りの顔立ち。流行の髪型、シックな服装が良く似あう。
彼は客のご機嫌取りは一切しない。クールなところが女を惹きつけるらしく、彼が無愛想に座っているだけでも客は満足して金を落としていくのだ。
俺には真似できない。俺の仕事の信条は『女をお姫様気分にさせてやること』だ。彼はホストとしても男としても、俺とはまったく違うタイプの男だ。だからロッカールームでも殆ど話はしない。行事の打ち合わせなんかはしても、プライベートの話なんかは一切したことがない。

実際、ナンバーワンホストの彼は俺の紹介で新人のヒロが入ったと聞いても「ふうん」の一言だけを返してきたし、無関心でいてくれて俺はほっとしていた。あの携帯男がいつボロを出すんじゃないかと冷や冷やしていたからだ。
優飛に近づく気はなかったし、親密になるつもりもなかった。
たまたま、開店前の事務所にいた俺が電話を取り、それが本店のオーナーから優飛を呼び出せという電話でなかったら、話は違っていただろう。

優飛は相変わらずのポーカーフェイスで、はい、はい、と神妙な返事を繰り返していた。そりゃそうだ、相手はオーナーだ、丁寧に応対しないと後が怖い。盗み聞くつもりはなかったが、事務所は狭い。店長に待たされていた俺は動くこともできなかったし、せいぜい気を使って明後日の方向を向いているくらいしかできなかった。
オーナーは話がくどい。はい、はい、という返事が延々と続いている。ナンバーワンってのも大変だな、と俺は壁を見ながらぼんやりと彼の返事を聞いていた。
「はい……申し訳ございません。俺の……いや、私の、力不足です」
なんだ、何を謝っているんだろう。なにやら電話の向こうの雲行きが怪しいことに気がついて、俺はそっと優飛の様子を盗み見た。神妙な顔、というよりは、苦痛を耐えている顔だった。眉間の皺が深い。
「申し訳ございませんでした。来月は、必ずご期待に応えてみせます。はい、店長には重々。ええ、わかっています」
彼の言葉から、叱責をくらっているんだとはっきりわかった。何についてかも俺にはよくわかった。おそらく店の売り上げが少ないことに対してだ。
オーナーもえぐいことをするじゃないか。急に口の中が苦くなって、俺は火をつけたばかりの煙草を灰皿に押しつけた。店長にではなく、いやそうじゃない、店長だけでは飽き足らず、店の看板ホストにも圧力をかけるなんて。店の売り上げが悪ければナンバー1のホストだろうがお前もクビだ、なんて言い渡したに違いない。
俺もきっと優飛に負けず劣らずの渋い顔をしていたんだろう。優飛は受話器を置くと、初めて俺の存在に気がついた、みたいな顔をして見せた。
「聞いてたのか」
「すんません。聞くつもりじゃなかったんですが」
「まあ、いいさ。渋いツラしてるぞ、お前」
「優飛さんこそ」
ちっ、と柄の悪い舌打ちをすると、優飛は黙って俺の目の前のデスクに置いてあった煙草の箱を探った。
「お前のか」
「そうです」
「一本くれ」
俺は黙ってライターの火をつけ、彼がくわえた煙草の先に持っていってやった。眉間に皺を刻んだまま、長い指に煙草を挟んでふーっと煙を吐く姿は実に様になってる。嫌味なほどにカッコイイ男だ。
「くそったれめが、こんだけ世間が不況だってのにウハウハで儲かる訳ねえだろ。客はせいぜい頑張って少ない給料からこっちに金落としてくれてんだ、無理に搾り取ったら客の数が減るだけだぜ。生かさず殺さずがホストの腕の見せ所だってのに、まったくわかってねえ」
流暢な啖呵だって彼が言えばスタイリッシュでカッコよく聞こえるんだから不思議なもんだ。だが話の内容はそんな呑気なものじゃない。
「オーナー、なんて言ってたんですか」
「客の数も、落とす金も少ないってよ。全店で二番目まで売り上げが上がったってのに、まだ足りねえとかぬかしやがる。馬鹿じゃねえかまったく」
「二番目に……」
こいつは驚いた。いつもどんじりを走っていたうちの店が、チェーン店全体の二番目にまで売り上げを伸ばしていたなんて。
おそらくそいつはこの男のおかげだ。優飛には馴染み客も多いが、新規の客も多い。愛想なしに見えて、彼は女心をくすぐる術を心得ている。冷たくあしらっておいても最後に優しい言葉をかけたり、叱られたいと感じている女にはあえてきつい言葉を投げたりもする。
俺はともかく、この店の若いホスト連中が彼のテクニックを盗もうと躍起になっているのも事実だ。それに、優飛は言葉はきついが下の面倒見もいい。梃入れでやってきただけある、彼は押しも押されぬ実力の持ち主だ。 
「そこまでできたのは、優飛さんのおかげっすよ」
べつにおべっかを使った訳じゃない、本当にそう思ったからそう言ったまでだ。だけど優飛は俺の顔を見て、ちょっと驚いた顔をした。
「お前にそういう風に言われるとは思ってもいなかったな」
「えっ」
「俺がいきなり本店から派遣されなかったら、お前がこの店のナンバーワンになる予定だったんだろう、蘭」
「………………」
てっきり恨まれてると思ってたけどな、そう言って優飛は煙草を咥えたままでにやりと人の悪い笑顔を見せた。
「いや、別にそんなことは……どうでも」
俺の返事に、優飛はまた片方の眉をあげて驚いた顔をする。
「どうでもってこたあねえだろう。ナンバーワンになりゃあ給料も待遇も違うんだからよ。なりたくねえ奴なんていねえぞ」
「…………残念ですけど、ここにいますよ」
これは掛け値なしの俺の本心だ。ナンバーワンは華やかで金も稼げる。ホストたちの一番上に君臨するいわばボス的な存在だ。だが、山の天辺に立つってことはそれなりの責任や重圧だって伴う。実際今こうしてオーナーに叱責を受けているのは、俺でも無く店長でもない、優飛だ。
下の奴の面倒を見るのも嫌いじゃないが、責任を負ってやるほど俺には深い情が無い。誰かを大切に思ってやることが、今の俺にはできないんだ。そんな野郎に人の上に立つ資格は無い、それは俺にもわかっている。
だから、ナンバーワンの地位なんて、俺には必要が無い。  
「マジか」
「マジです」
「ふうん」
作品名:携帯彼氏6 作家名:銀野