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シャーリー・バッシーの歌が好き

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デザイン制作部内にはFMラジオから音楽が流れていて、5人の部員それぞれ聴いていたりいなかったりする。

音楽が、「ダイヤモンドは永遠に」になった。映画007シリーズの主題歌だ。一番年下の女性クマちゃんが、「誰、歌っているのは?」と言った。
「ダイアナ・ロスかな?」と、最近入社した女性のカワモトさんが言った。私がすぐに「シャーリー・バッシーだよ」と言うと、カワモトさんが私の方をちらっと見て、すぐに仕事に戻った。私はあれっ、意味のあるような顔だったなあと思った。

それから数日経ってカワモトさんと一緒に駅まで一緒に歩いた。昼休みなどは女性同士で食事に行くので、カワモトさんと話すのはラジオを聴きながら音楽のことを短い時間話しただけだった。駅まで短い時間だが話しができそうで嬉しかった。

「シャーリー・バッシーのLP買ったんだ」カワモトさんは、やや照れたような顔をして言った。
「そう、いいよねえ。迫力というか説得力あるね」と言う私の言葉にカワモトさんは微笑みの頷いた。初夏の柔らかい風がかすかにカワモトさんの匂いを運んできて、コツンと私の身体のどこかが反応した気がして、軽いときめきのようなものと頭の中でそれを抑えようとするような気分が湧いた。

「私、アクション映画見ないから007シリーズの映画主題歌を歌っていること知らなかったんだ。斉木さんは見ました?」
「うん、結婚する前ね、でも全部シャーリー・バッシーが歌ってる訳じゃないから」
「そうらしいね」
「俺、ビッグスペンダーが好きなんだ」
「そう、私はサムシングが好きかなあ。あ、もう駅だ」

地下鉄の出入り口の前でカワモトさんは立ち止まり、以前のように「じゃあ」とも言わないで、何か言いかけて止めたような間があった。

「じゃあ、今度お茶でも飲みながら話をしようか」と私が言うとカワモトさんは黙って頷いてから「じゃあ」と言ってから手をあげて地下への階段を降りて行った。

下からの風がふわっとカワモトさんの桜色の長いスカートを裾を広げた。階段と壁の灰色のモノトーンに近い色の中で、それは鮮やかに目に残って、なんだか外国映画の一シーンを見ているような気分になり少しトクをした気分になった。私は顔の表情がニヤついているのを自覚しながら山手線の改札に向かって歩き出した。


それから数日後、土曜日なので午前中だけの仕事で、クリハラさんが「お先に~」と言って出て行くと、部屋には私とカワモトさんだけが残っていた。私は時計を見る。
「あ、こんな時間か。終わりにしようかな」とカワモトさんに聞こえるように言った。
「ほんとだ、ちょうど区切りがいいから、私も終わろうかな」
「さあ戸締まり・火の用心」と歌うようにそう言って、帰る用意をした。

「お昼どうしようかなあ」とカワモトさんが言うので、これは誘いかなと思いながら「じゃあ一緒にゆこうか」と私は幾分軽めに言った。
「はーい」とカワモトさんも軽く言って、罪悪感なしに二人で食事にゆくことになった。

「お昼どこがいい」と私が言うと、カワモトさんは「新宿で安くておいしいところ知ってるよ」と言った。
私は歩きながら「え、安くておいしいもののある店ってどこ」と訊いてみた。
「二幸の裏だけど」
「ああ、もしかしたらアカ◯アね」
「ああ、知ってた」
カワモトさんは、顔をほころばせて、さらに近寄って歩きだした。
「友達が西口公園の近くに住んでいたんだ。前にアカ◯アで一緒に食べたんだ」
「そう、ロールキャベツ食べた?」
「うん、美味しくて安かった」
「ああ、混んでないといいなあ」
カワモトさんの頭の中はもうロールキャベツでいっぱいかも知れない。そう思うと可愛いなあと思ってしまう。

山の手線に乗ってちょっと会話をしているうちに、すぐにしんじゅく~というアナウンスが聞こえ、慌てておりた。一人で乗っている時と、二人で話をしながら乗っているのとでは時間の進みがずいぶん違ってしまう。

アカ◯アの店内は混んでいて喫茶店のように話をするには不向きだった。カワモトさんがここのビールが美味しかったというので、ビールの小瓶2本も注文した。

たしかにそのドイツのビールはおいしくて、ふ~っとため息のような息をはいた。

小瓶であってもアルコールのせいか、少しあった緊張もとけて最初に感じた店内の混み具合も気にならなくなった。

やっぱり音楽の話をしたあとカワモトさんは、ふっと笑顔を見せて、思い出したようにバッグを開けて封筒のようなものを取り出した。

「こんなもの貰ったんだ。観る?」
カワモトさんが封筒からチケットを出して見せた。

「ん、何? あ、ザッツ・エンターテイメント!」
私はそう言ってからチケットが2枚あって、2枚くれるのか、一緒に行こうということなのか解らずカワモトさんの顔を見ると、照れくさそうな顔をしている。

「カワモトさん、観ないの」と私が言うと、「一人じゃねえ」と小さく言った。

「映画館はー」と言いながら私がチケットを見て、「ここから近いね」と言ってカワモトさんを見るとかすかに頷いた。

小瓶とはいえビールを飲んだせいもあるのだろうか「じゃあ、これから一緒に観に行こうか?」と私が言うと「いいんですかぁ」とカワモトさんは微笑んだ。

店を出て映画館のほうに向かう途中、人が多いのではぐれないように絶えず喋っているようになった。しかし人の波によって離れたりするので、「ここに掴まりなよ」と腕を差し出した。カワモトさんは、少しためらった表情を見せたあと私の上着の袖に掴まって歩いた。
普段の頼りになる姉御っぽい雰囲気と違うので、何だか愛おしい気持ちと軽いドキドキ感、さらに誇らしげな気持ちもある。

私が歩きながらペギー・リーも聴いているというと、

「ペギー・リーのジャニー・ギターは知ってるけど、あとどんな歌あるの」そう言いながら、人混みがいくらか少なくなったせいか、カワモトさんは掴んでいた手を離して横に並んだ。
「ブラックコーヒーがいいよ、昼より夜のムードだね」

「ヘレン・メリルみたいに」

「あ、ヘレン・メリル知ってるんだ」

「ユードゥビーソーナイストゥ、ん?」
カワモトさんが、そこでつまったので、
「カムホームトゥ」と私が言った。

「そう、長いよねタイトル。帰ってくれて嬉しいねという日本語のタイトルあるんだけど、中身は帰った時に君がいると嬉しいという意味らしいよ」
カワモトさんは、そう言って少し得意そうに私をみた。

ヘレンメリルの歌うドント・エクスプレインとかイエスタデイズとか話しているうちに映画館についた。


見始めた映画は、特にストーリーというものが無いので時々隣に座ったカワモトさんのことが気になった。薄暗いということで、ふと恋人同士で観に来ているような錯覚も起こしそうになる。

音楽が多い映画なのでついリズムをとって足が動く。私の膝がカワモトさんの足に触れたのでリズムをとるのを止めた。カワモトさんの足が少し動いたが、かえって私の足によりかかってきたような気がする。気のせいだろうか、はてこの足をどうしようかなどと映画を観ながら考えた。