夢の途中9 (270-306)
なんか、ワッカが在って、そのワッカにカワラケが入ると、願い事が叶うって聞いたわ♪(#^.^#)
でも、ワッカって、見当たらないわね?』
「ああ、確かに昔は鉄で出来た直径1メーター位のワッカが10メーター先位に在ってな、皆そこに狙って投げたモンやが・・・・朽ちてしもたんやろなァ・・・・」
『ええ~?・・残念(/_;)・・・・・』
「なんか願い事でも?」
『うふふふ♪内緒(^_-)-☆』
優一が土産物屋で4枚ひと組のカワラケを買って来て、半分を香織に渡す。
「あんなァ、こうやってお皿を逆さまにして、そや、丁度フリスビー投げる要領でスナップ効かせて投げるんや♪(^v^)見ててや♪ エイ!」
優一が手本で投げたカワラケは、
シュルシュルシュル~~~~と展望台から一旦浮き上がり、10メーター程行って展望台下の林の中に落ちた。
『へぇ~、案外飛ぶモノなのねぇ~♪(^v^) お皿を逆さまにしてぇ・・・・・・・・・エイ!』
香織の手から放たれたカワラケは勢い無く、ヘナヘナヘナ~~とほぼ直下の崖に落ちた。
「(^v^)あははは、もっと手首を効かさな♪(^。^)y-.。o○
こうやって・・・・エイ!」
シュルシュルシュル~~~~~~
優一の二枚目のカワラケは前より遠くに飛んで行った。
『うわァ~、すご~い♪^_^ こうよね?こうやって、手首を効かせてぇ・・・・・・エイ!』
ヘナヘナ~~~~~~ストン・・・
香織の二枚目のカワラケは前より飛ばなかった・・・・・・(ToT)/~~~ナンデエ~?
「あははは♪、まあ、初めてやったらそんなモノかな?
(=^・・^=)」
『・・・・・(;一_一)・・・・・・・・・・・・・・・』
香織は顔色を変えて土産物屋に行くと、自分でカワラケを買い求め投げた!\(◎o◎)/!
全部で15枚は投げただろうか?
その殆どは、
ヘナヘナヘナ~~ストン・・・と落ちたが・・・・・(ToT)/~~~
( ( ̄▽ ̄;) このコも案外、ムキになるコやな… )
と優一は思った・・・・
神護寺を後にした二人は高雄ドライブウエーを一回り、夕食を摂る為に嵐山に来た。
嵯峨野から渡月橋に向かう通りを、土曜日の夕暮れをそぞろ歩く大勢の観光客に気配りしながら駐車場に車を停めた二人は、天竜寺の斜向かいに在る【京とうふ料理・竹むら】に入った。
嵐山周辺は嵐亭・渡月亭などの有名ホテルを除けば、大抵の飲食店は夕方5時には閉店する。
有名ホテル・老舗旅館に於いても、昼時のランチは宿泊客以外でも対応はしてくれるが、それ以外の観光客に夕食を供してくれるホテル・旅館は皆無に等しいのだ。
本当であれば、香織が関西に来ると聞いた時直ぐに嵐山周辺のホテル、旅館に空きを探したのだが遅かった・・・
【たん熊】や【吉兆】も予約でいっぱいだった。
たまたま大阪本社の部下の女性たちがこの店の事を教えてくれたのだ。
電話を入れると、快く予約を受けてくれた。
駐車場からすぐ、天竜寺の斜向かいのこの店はすぐに分かった。
しかし・・・・【嵐山で有名な湯豆腐屋】と聞いて来た優一の描いていたイメージとは少々違った・・・・
渡月亭の別館・松風閣のような豪奢なイメージを持っていたのだが、間口四間程の一般の民家とあまり変わらない規模だったからだ。
しかし、店の前では予約を入れていない【飛び込みの客】が十数人、表に設えた赤い毛氈敷きの床几に腰掛け順番を待っている。
これは単に周辺に夕食を摂れる店が少ない為なのか?
兎も角優一と香織は店の中に入り、予約客である事を告げた。
すぐに仲居が承っておりますと、二人を二階の座敷に通してくれる。
ここは個室では無く、四人掛けの座卓が四つ並んだ畳敷きの部屋である。
壁も畳もさほど新しいとは言えないが、余計な飾り付けも無いのでかえって小ざっぱりして見えた。
他の卓も客で埋まっている。
「ここは会社の女の子に教えてもろたんやけど、中々この嵐山周辺で夕食だけ摂れるトコは少ないらしいんや・・・・味の方は未確認やから保証はでけんけど^^;・・・」
『アラ、OLさんの推薦なら間違いないわよ♪(^_-)-☆女性の見る目は鋭いわよォ~♪
それに私、お豆腐だ~~い好き♪(#^.^#) 京都のお豆腐なら美味しく無いわけないわ♪
(^_-)-☆』
「そやったらエエねんけど♪(^。^)y-.。o○」
間もなく先付けが運ばれて来た。
今日は車なので乾杯は無しだ(T_T)・・・・
その後、関西では【ひろうす】と呼ばれるがんもどきの煮もの、ごま豆腐、揚げだし豆腐、ゆず釜にメインの湯豆腐が供された。
中でも、この店で湯豆腐に使われる木綿豆腐は嵯峨野で安政年間創業150年近く続く
【森嘉】の豆腐である。
川端康成の小説・【古都】にも登場する有名な豆腐店である。
『美味しい~♪(#^.^#) 優一さん、とっても美味しいわァ♪
やっぱり、女性の見る目は確かね(^_-)-☆』
「ああ、ホンマや、美味いなァ~♪(#^.^#)
京都に住んでても嵯峨野・森嘉の豆腐は滅多に食べられへんしなァ♪(^。^)y-.。o○
それに、最初はチョット物足らんかなと思ってたけど、これで中々ボリュームがあって、お値段もリーズナブルや♪ こら月曜日、彼女等に礼を言うわなアカンな^^;・・」
『そうよ、何かお土産を買っていかないと♪(^_-)-☆』
二人は8時前に店を出た。
入店前、既に薄墨の闇に包まれていた嵐山界隈。
まだ賑わい残る観光地の灯りが無ければ今は漆黒の闇に違いなかった。
『とっても美味しかったわ♪御馳走さまでした(^_-)-☆』
「ああ、美味しかったなァ♪僕かて久しぶりや、京都で湯豆腐食べんのは♪(^。^)y-.。o○まだホテルに入るのは早いなァ♪腹ごなしに少し歩こか?」
『ええ♪(#^.^#)』
二人が訪れた10月の末に近い頃は未だ嵐山周辺の寺院の庭はライトアップしては居なかった。
あと10日から2週間程後であったなら、周辺の寺院の庭で紅葉した楓を下から照らすライトアップ、【嵐山花灯篭】の期間にあたり、艶やかな景観を堪能出来るのであったが・・・・
二人は【竹むら】から渡月橋に向かって歩き、橋を渡らず保津川(桂川)沿いを右に嵐山公園の方に歩みを進める。
途中【たん熊北店】、【嵐山弁慶】、【旅亭嵐月】、【吉兆嵐山店】等の有名料亭・ホテルがあり、【嵐亭】の手前に【小倉百人一首殿堂時雨殿】が在る。
嵐山地区の北側はあの【小倉百人一首】の発祥の地である。
『平安時代末期から鎌倉時代前期の武将である宇都宮頼綱が嵯峨野に建築した別荘・小倉山荘の襖を飾るために、色紙の製作を藤原定家に依頼した。
依頼を受けた定家は、上代の天智天皇から、鎌倉時代の順徳院まで、百人の歌人の優れた和歌を年代順に一首ずつ百首選び、それが小倉百人一首の原型となっている。
古今和歌集や新古今和歌集などの天皇や上皇の命により編集された勅撰和歌集の他に、古今和歌六帖や夫木和歌抄の私撰和歌集も作られてきた。
小倉百人一首は私撰和歌集であり、この後多くの○○百人一首と呼ばれるものが作られている。
作品名:夢の途中9 (270-306) 作家名:ef (エフ)