小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

「ひとりの難ある隣人の話。」

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

「そんな神々しいことを毎朝して下さるようなお方を、俺のような下賤な輩のために叩き起こすのも迷惑かなと思いまして?」
 聞くなよ。
 つか、そう思うなら自分で何とかしろ。
 ……あ、俺になら迷惑かけてもいいと思ってるのか。くそ、先輩という立場を上手いように利用しやがって。
「あー……要するに、鷺戸に文句や苦情の一つを垂れる使いっ走りになって来いってことっスね?」
「うむ! つまりはそーいうことだな!」
 おい、さっきまでのよそよそしい態度はどうした。
 俺がそう言った途端、何でけろっとした顔してんだよ、この野郎。殴りてぇ。
 まったく、こういう先輩は持ちたくないものである。いやまぁ、普段こんなでも、頼りになるときは頼りになるんだけど。
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、ちょっと鷺戸んとこ言ってくるんで、くそ不味いコーラでも飲んでて待ってて下さい」
 ジーンズについた埃を手で払いながら立ち上がり、雑然とした鷸野先輩の部屋を出て、一つ上の階の鷺戸の部屋の前で立ち止まる。
 苦情を言いつけるだけなのだが、こんな真夜中にインターホンを押すのも、何だか気が引ける。
 もし、鷸野先輩の勘違いだとすれば……いや、俺も天井が抜け落ちそうなほどの騒音を、間違いなく聞いているのだ。
 胸に大きく夜の冷たい空気を吸い込んで吐き出すと、躊躇いがちにインターホンのベルを鳴らす。
 思えば、鷺戸は無口で無愛想。さらに、無表情で無感情だ。まともに彼の声を聞いたことがなければ、表情を歪めたり綻ばせたりする様も目にしたことがない。
 おいおいおい。
 大丈夫なのか、俺。
 思わず、萎縮して足が竦みそうな気に捕らわれながら、じっと鷺戸の家の扉の前で立ち尽くす。
 だが、反応はない。
 まるで、この扉が鷺戸の分身ではないのかと錯覚するくらいに。
「……」
 しばらく黙って待っていたが、さすがに俺も眠気の限界に近付き、もう一度インターホンのベルを鳴らした。
 静かな漆黒の空にこの無機質で単調なベルの音はよく響く。近所迷惑なのが鷺戸でなく、むしろ俺だったのなら、非常に申し訳ない。
(烏丸さんや、雀坂さんに文句を言われたらどうすっかなー……けど、悪いのは俺じゃないし……あーでも言い訳だろとか言われたら面倒だなぁ……)
 おい、出ろよ。
 いいから早く出ろよ。
 眠たいんだよ!
 眠たくて仕方がないんだよ、俺は!!
 さすがの俺も怒髪天を衝かれ、扉を強行突破……しようと思ったのだが、不用心なことに鍵が開いていた。
 せめて、チェーンくらいかけろよと思いながらも、俺はずかずかと部屋の奥へ進んでいく。冷静に考えれば、どう考えても不法侵入に違いないのだが、そんなことは眠気のせいで忘れていた。
 しかし、前々からどんな生活をしているか、ちゃんとした高校生らしい生活を送れているのかなどをずっと不安に思っていたのだが、部屋のところどころに生活感が感じられる。
 恐らく、これらの家具は実家から持ってきたものか、両親が買い与えたものなのだろう。両親も鷺戸のようなヤツではなさそうで、なぜか安堵した。
 うろうろと家の中を彷徨っていると、微かに光が漏れている部屋を発見した。きっとここに鷺戸がいるのだろう。
「あの、鷺戸さん……いるんっスよね?」
 その部屋の扉を開いて、様子を窺いながらそう言うと、延長コードのついたヘッドホンを頭につけて、フローリングの床を転がり回っている鷺戸と目が合った。
 自分を見られ、驚くか慌てるかすると思ったのだが、やはり無表情だ。というか、今この空間で、一番動揺していたのは俺だった。
 一体何者なんだ、コイツは? 未来の世界の人型ロボットか?
 いやいや、どこぞの青くて丸くて二頭身の猫型ロボットの方が表情も感情も豊富だ。
 ……それよりも、突っ込みどころが多すぎて、何からどう突っ込みを入れたらいいのやら。
「えーと……とりあえず、お前、何やってんの?」
 とりあえず、出た言葉がそれだ。
 うんまぁ、無難な質問だったと思う。でも、敬語はログアウトだ。
 すると、鷺戸のヤツは、そんなことも知らないのかと言いたげな目をしながら、床から億劫そうに立ち上がって、机の上の携帯電話を取り出して開く。
 どうやら、なぜここに俺がいるのかとか、不法侵入という立派な犯罪を犯されていることは、どうでもいいらしい。
 メール作成場面に何やら文字を打ち込んでいる様子を静観していたが、少しして入力し終えると、それを誰かに送信するでもなく、目の前に立っている俺に見せつける。
 そこに書いてあったのはこうだ。


『床ローリング』


 意味が分からない。
 フローリングローリング。
 誰がうまいこと韻を踏めと言った。ラップの歌詞でも書いてるのか。

「鷺戸。非凡な一般人にも分かる言葉で説明してくれ」
 突拍子もない展開の中心にいるにも関わらず、なぜだかひどく冷静な自分が怖い。
 いや、それよりももっと冷静な鷺戸の方が怖いのだが。
 奇妙、奇天烈、摩訶不思議とは、まさに鷺戸のことを言うのだろう。


『“はぁとふる☆わんだぁらんど”のアニメ化ときいて、黙っている紳士がどこにいるというのだね!?』


 その画面を見せつけながら、同時に鷺戸は後ろに憚るパソコンのモニターを指差す。
 ピンク色の髪に露出の高い派手な衣装を纏った美少女が、可憐なポーズを決めてこちらを見ている。


『つぐみちゃんが可愛すぎて生きていくのが辛いマジ俺の嫁』


 このアニメ作品(?)のことはよく分からなかったが、俺にもたった一つだけ分かったことがある。


 鷺戸はアキバ系オタクでした。