愛と苦しみの果てに
清々しい秋晴れの昼下がりに、駅前の噴水の前で可奈子と待ち合わをした。
約束の時間を五分ほど遅れて、可奈子が現れた。歩く姿は以前とまったく変わっていない。秋風を背に受け、色付く並木道の向こうから颯爽と歩いてくる。
しかし、ただ一つだけ以前とは違っていた。
それはベビーカーを押していたのだ。
「お久し振りです、洋介さん」
可奈子が会釈しながら声を掛けてきた。
「お元気そうで、何よりです」と洋介は懐かしく、微笑み返した。そして可奈子はすでに予定を組んでいるかのように誘う。
「ここでは何ですから、近くの静かなお店に行きませんか?」
「いいですよ」
洋介は簡単に答え、可奈子と一緒にパーラーに入った。
洋介と可奈子、今テーブルに置かれたコーヒーを挟み、向かい合って座っている。
可奈子の膝の上では、幼い女の子が小忙(こぜわ)しく遊んでいる。コーヒーの穏やかな香りが立ち込め、二人の緊張が少し和らぐ。
通り一遍の挨拶と会話を交わし、洋介は訊く。
「娘さん、生まれたんだね、何ていうお名前なの?」
可奈子はその質問を噛み締めるかのように、一瞬の間を置く。
「優香よ、今二歳なの……、可愛いでしょ」
そう告げただけで、その後可奈子は黙ってしまった。
「優香ちゃん、可愛いね、ママそっくりだね」
洋介は場を持たすように、幼い女の子に話し掛ける。
こんな振る舞いを見ていた可奈子、突然大粒の涙をハラハラと落とし始めた。洋介はこれには慌てた。
「可奈子さん、大丈夫ですか?」
洋介の心配を無視し、可奈子はバッグからハンカチを取り出し、涙を拭く。それから洋介を真正面に見据えて、「洋介さん、まだわからないの」と睨み付けきた。
洋介は「えっ、何が?」と小首を傾げた。そんなリアクションを見て取って、可奈子は低い声で、まことに重い言葉を口にしたのだ。
「優香はね、洋介さんの……娘なのよ」