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夢の途中8 (248-269)

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章タイトル: 第28章 そして明日から 2008年夏


 香織は翌日、神戸中央区春野道の【木島医院】を14年ぶりに訪ねた。
木島医院の建物は14年前と変わりない赤レンガ造りの三階建てである。
尤も、今は医院の入り口には【木島医院】の看板の横に、【武庫川医科大学・春野道分院】の看板も並んでいた。
香織は医院の入り口とは別の外側の階段を上り、玄関ドアのインターホンのボタンを押した。
「は~~い♪」『失礼します。花田です。』「はいはい、ちょっとまっとおくれやっしゃ♪」
インターホンの声が消えてしばらくした後ドアがあいた。

「あ、・・・香織さん・・・・・お久しぶりやねぇ・・・・・」
『奥様、ご無沙汰いたしました・・・あんなにお世話になったのに、ちゃんとご挨拶もせぬまま・・・』
「香織さん、ご無沙汰はお互いさんです。さあ、こんなとこで立ち話もなんや、上がって冷たいモンでも飲んで♪」

香織は木島幸子に促され玄関に入った。
玄関脇のリビングのソファに座り、改めて無沙汰を詫びた。

「何を言うてますのや・・・震災に続き、アンタにはあないな大事(おおごと)が次から次と降りかかってきたんや・・・ましてや、あの時はウチも主人も京都に疎開してて、ろくにアンタの相談相手になれへんかって・・・
ウチラの方こそ、堪忍やでぇ・・・・主人もアンタと孝則さんの事は実の娘と息子のように思てたのに、肝心な時に力になれんで・・・」
幸子は早くも涙声になっていた。
『奥様こそ、院長先生がお亡くなりになって、お寂しいですわね・・・』
「・・まあなァ・・ウチの実家に行ったことが良かったんか、悪かったんか・・・
京都の6年間でウチの人、急に老け込んでしもてなァ・・・
やっぱり、男はんは、仕事してなアカンなァ・・・
孝則さんが亡くなって、とても独りで診療所を切り盛りする自信が無くなったんやなァ・・
京都に行って3年目に、ホレ、アンタも知ってる武庫川医科大学の園田はんに、何とか春野道の医院を大学病院の分院としてつこてくれへんかて頼みにいかはったんや・・
ウチはてっきり、あの人も武庫大のお医者さんと一緒に診療所再開するのかと思てたら、『自分みたいな爺さんが居たら、若いモンの邪魔になる。大学病院の若い医者が来ることで、より高度な地域医療も可能になる。これがせめての木島医院が最後に出来る地元への恩返しや』言うてなァ・・・
主人はウチに何も云わへんかったけど、ホンマはこの医院の行く末をアンタと孝則さんに託したかったんやと思う・・・
和子さんから紹介されて、駆け落ち同然に横浜から逃げて来たアンタらを、最初はどうなる事やらと、正直云うてウチも主人も気を揉んでましたんぇ・・
けど、陰日向無く健気に二人で生きて行くアンタらの姿を見る内に、ウチも主人もアンタらが我子のように思えて来てなァ・・・
アンタも知っての通り、ウチ等夫婦には娘も息子も居るけど、其々自分の人生を歩いてるさけなァ、【木島医院】も主人の代で終わりやと思てました。
そこにアンタらが来てくれて、出来たらこのまま二人にこの地域で何時までも居てもうて、【患者の顔の見える医療】を続けて欲しいと思てたに違いないわ・・
あの震災さえ無かったら・・」
『・・・とっても有り難いお話しだと思います・・・夫が生きていればどんなに喜んでいた事か・・・けど、ご期待に添えず、本当に申し訳ありません・・』
香織は座卓を挟み、もう一度幸子に深々と頭を下げた。
「そんな・・そんな積りで云うたんと違うぇ?・・・主人もウチも、アンタら夫婦と一緒に仕事で来て嬉しかったんや・・・
人の人生は短いモンやなァ・・・そして何時どないな事が起こるや分からん・・・そやけど、その間にどんな人と知りおうて、どんなお付き合いが出来たか・・・死んでもアノ世には何も持って行けへんけど、ウチ等夫婦はアンタらと知り合えてエエ時間を過ごさして貰ろた思い出を持って行く事が出来ます。
ウチ等の方こそ、おおきに♪
あれ?なんか遺言みたいやなァ?あははは♪ 主人は今頃昔からよう通た淡路の海で魚でも釣ってはるやろ♪『おい、お前、まだこっち来るの早いのんとちゃうか?ワシにもうチョットのんびり釣りでもさしてくれよ!』て、ぼやくかもな?あははは♪」
『処で院長先生のお墓は?』
「ああ、淡路の松帆云う処の、高台にあるお墓に入ったはる。景色のエエとこえ~♪
明石大橋の淡路島側の付け根の丘の上でなァ、明石海峡・播磨灘を挟んで姫路から明石、神戸と瀬戸内海を一望出来るわ♪ 用意のエエ人でなァ、『ワシが死んだら此処に』云うてちゃっかり用意してはった・・・」
『え、淡路島?・・・実は来週の火曜日、妹家族と淡路島の洲本温泉に行く事になってますの!その時、是非お墓にお線香を上げさせて貰います・・・』
「そうかァ、そうしたって・・・主人もきっと喜ぶわァ~♪後で霊園の詳しい地図を渡します♪
ウチもご一緒したいんやけど、木曜日に娘も息子も孫連れて帰って来ますのや♪
その折に、皆でお墓参りしようと云うことになってましてなァ・・
処で香織さん、北海道はどうや?暮らし易いとこでっか?」
『ええ♪冬はやっぱり寒さが厳しいですけど、季節になれば、広いお花畑に一斉に綺麗な花が咲きますし、食べ物も美味しい処ですわ♪ 人情も暖かい処ですのよ♪
奥様も是非一度、いらして下さい♪』
「そやなァ、ウチも東京から北は行ったことないさけぇなァ、主人の代わりにもいっぺん寄せて貰いますわなァ♪
それとなァ香織さん、ホンマはウチ、云おうか云うまいか、迷ってたんやけどな・・・
大宮の孝則さんのご実家の事、何か耳に入れたはるか?」
『・・・?・・・・いえ、何も・・・』
「そうかァ・・・・けど、アンタの耳にも入れといた方が良いと思うので云うわ・・・
あの美智子さん云うお方なァ、・・・・死なはったえ・・・・・・」
『え?・・・・・美智子さんが?・・・・』
香織は幸子の意外な言葉に驚きを隠せなかった・・


「三年前に癌で・・・膵臓癌やったそうな・・・医大の園田はんが教えてくれはってなァ・・。
孝則さんのお父さん、花田・・・・・巌さんやったかいな? 
心臓外科の権威なんやて?
園田はんもその学会の関係で以前から面識があったらしいわ。
それで、埼玉までわざわざ告別式に参列しはってなァ、残されたその御子とおじいさんに当る花田さんが落胆されてる様が哀れやっと云うてなはった・・」
美智子が生前、孝則の子だと云った男子は今多分13歳、三年前ならば僅か十歳である。
父・巌は今76歳の筈である。

「【医者の不養生】とはよう云うたもんや・・・けど、膵臓は中々症状が出えへんさかいなァ・・
気がついた時には、如何に外科の権威の花田さんにも手を施す事が出来ひんかったそうな・・
処が・・・・
告別式の式場で園田はんが、聞くとで無しに耳に入れた他の参列者の【噂話】に、思わず我耳を疑ったそうや・・・
その事云うのが・・・養女であった筈の美智子さんと花田さんは親子の関係では無く、

【男と女の関係】やったそうな・・・」