名探偵カラス Ⅲ
さてそれからというもの、俺は憑かれたように毎日毎日その山寺に日参した。
もちろん目的はホワイティに会うこと、それだけだった。
しかし、それをみんなに悟られると恥ずかしいので、表向きは餌を得るためと、ポーとおしゃべりするため、そう思わせるように努力していた。
しかし悲しいかな、彼女は必ずしも毎日来るわけでもなく、来る時間もまちまちで、なかなか会えなかった。いっそのこと、ネグラをこちらへ移すか……ともチラッと脳裏を掠めたが、この寺の坊主が俺を目の敵にしていることを考えると、やはり止めておいた方が賢明だろうという結論に達する。
そんなわけで、会えない分、余計に会いたいという想いが募っていく。
たまに会えた時は、本当は小踊りするほど嬉しいのだけど、そんなことできるはずもなく、ひたすら熱い想いを胸の奥に隠して、ポーと話す振りをしながら、彼女が見える位置に立ち、ひたすら燃えるような視線を、彼女に向けて送り続けるしかなかった。
初めて彼女を知ってから一ヶ月くらい経った頃だったろうか。
その夜俺は、いつもの餌場に食べるものがなく、腹が減ってどうしようもなくて、ダメ元でポーを訪ねた。
辛うじてポーが備蓄していた物を少しだけ分けてくれて、俺は命拾いをすることに……。
まぁそれはちょっと大袈裟だけど……、しかしポーって奴は本当にいい奴で、餌をもらったから言うわけじゃなく、こいつは決して他人を悪く言わないし、誰に対しても分け隔てなく親切にする。
もし俺に神様の権限があったら、こいつの望みを何でも良いから一つ叶えてやるのになぁ。そんなどうでも良いようなことを考えている時だった。
バサバサバサッ!
突然羽音がすぐ近くで聞こえた。
「えっ、こんな夜遅くに誰だ?」
周囲を見回してみた。
だいたい鳥は、鳥目と言うように夜は余り目が見えない。特に鳩なんて、薄暗くなった時点でネグラに帰ったら、その後は出歩いたりはしないものなんだ。
それなのにこんな時間に一体誰だろう。
俺は普通の鳥よりは多少は見える方だけど……。
しばらく目を凝らして見ていると、何やら白いものが僅かに動いている。
白いと言っても真っ白じゃなくて、部分的に白い所、黒ずんだ所があるようなのだ。
俺は忍び足で近寄ってみることにした。
そんな俺をポーが不安気に見守っている。
あ、言い忘れたけど、ポーの欠点は唯一、気が弱くて臆病者だということだ。
しかし昔から、天は二物を与えずとも言うし、俺の親友としても文句ない奴なんだ。そのポーが止めるのも聞かず、じわりじわりとその物体の方へ近づいて行った。
「ホワイティ!!」
あまりにも驚いた俺は、つい大声で彼女の名前を呼んでしまった! それも呼び捨てで……。しまった! と思ったが後の祭り。
彼女は怯えたように小さくなって震えているようだ。
「あ、ゴメン! 驚かしちゃって」
彼女は恐ろしいものを見るような目で俺を見ている。
「あ、あのう、初めまして。俺、みんなからはカァーくんと呼ばれています」
「カァーくん?」
彼女は震える声で俺の名前を言った。
「そうです。カラスのカァーくんです」
彼女の声を間近で聞くことができて、俺は気分が浮かれるのを感じた。
「あの……、私たちとは違うのね?」
彼女は細い声で言った。
「あ、そうなんです。今は暗いから俺の姿は見えにくいかも知れないけど、俺の身体は黒い羽で覆われていて、君とは正反対なんだよ」
「正反対って、私のこと知ってるんですか?」
不思議そうに尋ねる彼女。
「もちろん! あっいや、そのう……。実はここへ俺も時々来るので、その時に君を見掛けて、綺麗な羽根だなぁ〜っていつも見惚れてたんです」
「まあ綺麗だなんて……、そう言えばさっき私の名前を呼ばれましたね」
「あ、あぁ、ハットンから聞いた仲間の鳩に教えてもらいました」
「そうだったんですか……」
相変わらず彼女の声は震えている。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
初めて彼女と話せたので、緊張していて気が付かなかったけど、その時になってようやく彼女の異変に気付いた。
真っ白に穢れのないはずの羽根が、白いはずの羽根のあちこちが何やら黒ずんだ物で汚れている。
「もしかして怪我してるんですか?」
その黒ずんでいるものが血だということにやっと気付いた。
明るい光の下で見ていたら、きっと一目瞭然だったと思うが、なにぶんにも灯りから離れた場所だったので、理解するのに時間が掛かった。
「一体何があったんですか?」
考えてみれば、人間に飼われているはずのホワイティが、こんな時間に、こんな場所に来ること自体がおかしいことだった。
俺が尋ねても彼女は、相変わらずブルブルと震えながら小さく固まっている。
もしかしたら、とんでもないことが起こったんだろうか?