名探偵カラス Ⅲ
古代ギリシャ・ローマ時代の昔から、鳩は、平和のシンボルなんて言われているようだけど、俺にとってはその白い鳩は、紛れもなく恋愛のシンボルだった。
彼女を遠くから見つめるだけで、俺の心臓はドキドキと早鐘を打つように、騒々しく鳴り響いて、もしかしたらこの音が風に乗って、彼女の耳にまで届くのじゃないか……と不安になったり、また逆に届いてくれたらいいのに……と、相反する感情が行ったり来たりしていた。
早い話、俺は恋をしてしまったらしい。
えっ? カラスが恋なんかするのか? だってぇ〜?
エヘン! (風邪は引いてないから) 俺はカラスとは言っても、そんじょそこいらのカラスとは違うんだ。間違っても一緒にしないでくれ。
こう見えて、俺は誰あろう、かつてある国ではかなり有名な魔法使いだったんだから。当然ながら人間程度の感情ぐらいは十分持ち合わせているんだ。
そもそも、その白い鳩と出会ったのは、行きつけの町外れの山寺に行った時のことだった。
前に、まだ付き合いも浅いのに俺の頼みを聞いて、秋山家のじいさんのループタイを届けてくれた鳩、(俺は彼にポーと名前を付けてやったのだが……。人間はどうやら、特に決めて飼ってる動物以外には、名前を付けてはやらないらしいんだ)ポーと世間話をしている時だった。
バサバサバサっと誰かの羽音がして、ふん? と振り向くと、一瞬で頭がくらくらしそうなほどに見事な純白の羽根を持った美しい鳩が、その白い羽根を上品に畳んで、その場に佇んでいた。
俺はしばらく彼女に目を奪われた後、そうーっとポーに尋ねた。
「おい、ポー。あの純白の美人は一体どういう鳩なのか知ってるかい?」
「あぁ、彼女ね。綺麗だよなー」
そう言うポーの顔は、鳩のクセにホッペが少し赤らんでいる。
「ムムム……こいつもか?」
俺は早くもライバル出現の気配におののいた。
しかし、そこは態度には出さずに、ひたすらさりげなく次々に質問を並べた。
「彼女はいつ頃からここに来るようになったの? どこから来るの? ツガイの相手はいるの? 彼氏は? 住んでる所は? そして彼女の名前は?」
そんな俺の機関銃のごとき質問の数々に、ポーはただでさえ丸い目を、一段と丸くして、少し呆れ顔で、それでも彼が知ってることの全てを話してくれた。
彼女の名前はホワイティ。最初は誰も近寄り難くて、名前も知らなかったらしい。
ところが、彼女がここへ立ち寄るようになってから数日後、お調子者のハットンという鳩が(彼は以前、人間に飼われていたらしく、道化ることを知っていた) 尋ねたそうな。
「もしもし、お嬢さん、素敵な羽根をお持ちですね! ぼくはハットンという者ですが、失礼ですがお名前を教えて頂けますか?」 と。
すると、その美しい彼女が、それはもう美しい声、まるで最上級の鈴を静かに転がした時にしか聞けないような、美しく、優しく、可愛い声で答えたそうな。
「私はホワイティと申します。ここから少し行った所に住んでいて、今日はお散歩の途中で、こちらにお仲間の姿が見えたので、ちょっと立ち寄らせてもらいましたの」
「おぉ、そうでしたか。それはそれは……。ではせっかくですから、是非ともボクとお友達になってはもらえないでしょうか?」
「まあ嬉しいですわ。私なんかで良かったら喜んで!」
そうして彼女と友達になったハットンは、その時の状況を、聞いてもいないのにみんなに触れて回ったらしい。よほど自慢したかったんだろうと、ポーは笑いながら話してくれた。
しかしまあ、そのお陰で彼女の情報を知ることができたのだから、ハットンに礼を言ってもいいかな? と思ったぼどだが、実際にはもちろん言わない。
そんなことをしたら、ハットンのライバル意識を刺激してしまう恐れがあるし、そうなると邪魔者が増えるだけだから……。
前にも言ったと思うけど、俺はそんなに馬鹿じゃないんだ。アハハハ……。