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君僕リレイション【relation.3 弟】

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 俺は拓巳を、■の代わりにしているんだ。

**

 『兄弟』ってどういうものだろう?
 親とはまた違う、年の近い『家族』?
 喧嘩もするけど、結局は仲直りする?
 同じ場所で育って、お互いなんとなく理解し合っている?

 でも俺は、亜希のことがよくわからない。
 一つだけわかっていることがあるとしたら、それは―――

 俺が嫌いだと、いうことだけだ。


「亜希お前、いい加減タバコやめろよ。このままだと周囲巻き込んで肺ガン心中だぞ?」
 授業が終わり、さて蓮見なんてほっといて本でも借りに行こうかと廊下を歩いていた俺だったが、移動教室の時と同じパターンで亜希を発見し、今度は窓を跨いで恒例のお説教を始める。
「だいたいバレバレなんだよ。廊下から思いっきり煙見えてたぞ」
「誰も窓なんか見ねーよ。てめぇみたいな暇人と違ってな」
「おまえなぁ……あ」
 中庭の植木に隠れているせいか、制服が草まみれだ。思わず払ってやると煩そうに睨んでくる。いや、なんというか、つい。昔の癖で、うん。
『一つしか違わない男兄弟に可愛がられたくはないんじゃないかな!』
 ひょっとして、こういうところが駄目なんだろうか。
「とりあえず、これは没収な」
「あってめ」
 払うついでに、亜希のポケットからライターを抜き取る。安っぽい100円ライターだったからか、数回の軽い攻防で亜希はあっさり取り返すのを諦めた。
「もう十分吸っただろ?とっとと帰れよ。家まで結構かかるんだし、暗くなるぞ」
 それにしても、こいつも懲りないというか、どうしてわざわざ特進科に来るのだろう。教師に見つかるよりマシなんだろうが、毎回俺に説教されるのも嫌だろうに……まあ、聞き流せばいいだけとか、思われてそうだけどな。
「……はいはい」
 予想通り、亜希はだるそうに俺の小言を無視して立ち上がった。
「いい子にまっすぐお家に帰れよー」
 奪ったライターを振って、お見送りしてやる。我ながら嫌味な態度だと思うが、こうでもしないと亜希は帰らない。いくら特進科の教師が普通科に無関心だとしても、こうも堂々とタバコを燻らせていたらさすがにひっ捕まるだろう。
 ―――ん?
 そこまで考えて、変わっていない距離に気づいた。立ち上がったまま、亜希は動いていない。
「お前こそ、いい加減家に帰れよ」
 投げかけられた言葉の意味が、一瞬わからなかった。
「俺は別にどうでもいーけどさ……ババアがうるせーんだよ」
 付け足された声に、ようやく何が言いたいのかを理解する。珍しく声をかけてきたと思えば、ただの伝言か。
 お前は、反抗してるくせに、結局。お母さんの言うことは聞くんだな。
 ―――俺の言葉は、無視するのに。
「……気を…遣わなくてもいいですって、言っとけ」
 弟に嫌われていることを実感するのは、わかっていてもやはり悲しい。
 だって、半分とはいえ、血は繋がってるんだから――せめて『弟』とは、仲の良い『家族』になりたいんだ。なりたかったんだ。
「盆も正月も帰ってこないで何言ってんだ」
「逆だろ。親戚が集まる時に俺が居たら気まずいだけだって」
 俺の返答に、亜希は顔をしかめてなおも言い募る。俺のことなんてどうでもいいだろうに、嫌々言わされているのだろう。亜希に伝言役を任せるなんて、真由美さんも酷なことをする。
 ―――本当は、帰ってきてほしくないくせに。
 あの家に、俺の居場所はない。
 でも、それはしょうがないんだ。
 だって、俺はあの家族の『異物』なんだから。
「……なんだよ、それ。わっけわかんねえ」
 羨ましいくらいに真っ直ぐな目に宿る感情は、いつもの苛立ちだけじゃないような気がした。
 それでも、俺はその視線を受け止めきれず、目を逸らす。このままだと言ってしまいそうだった。
 駄目だ。嫌だ。言いたくない。
 お前と俺は―――『家族』なんかじゃ、ないって。
「逃げんのか!!」
 踵を返すと、苛立った怒鳴り声が耳に突き刺さる。
「何なんだよ、意味わかんねえよ、言いたいことあんなら言えよ!」
 言いたいことは、ない。
 言いたくないことばっかりだ。
 振り向いて、あの剥き出しの感情を浴びるのが嫌で、俺はそのまま歩を進める。
 しかし相手はあの亜希だ、それだけで諦めるわけがなかった。
「―――ぐッ!?」
 ………痛い。
 これは腫れたな。ああ、サボった上に保健室行きだ。本当に亜希みたいだな。
「っ………!」
 亜希は、信じられないモノを見るような目で俺を見る。沸点を振り切った激情を持て余し、言葉にならない唸りがひきつる唇から漏れた。
 掴まれた襟首を、突き飛ばすように放される。
「俺は、てめーの、そういうとこが嫌いなんだよ!」
 そう言い捨てて、亜希はどこかに行ってしまった。
 自分が跨いできた開けっ放しの窓を眺めながら、ぼんやりと思う。
 
 ………痛い。
 背中とか、頬とか、―――胸、とか。

 感傷に浸る間もなく、今二番目に会いたくない男の顔が、ひょこりと窓からのぞく。
「ずいぶん男前な顔になったね、夏野」
 眼鏡が飛んでいてよく見えなかったが、いつもの憎たらしい顔をしているのは確かだ。
「……死ね蓮見」
 とりあえず、さっき目の前にいなくて直接言えなかった言葉を呟く。死ね蓮見。今すぐ爆発して死ね蓮見。まあ、半分八つ当たりだが。
「怖いなあ。やっぱりちょっと弟くん化してない?」
 肩を竦めて、蓮見は俺の罵倒を茶化す。その仕草にイラッとして、一瞬本気で爆死しろと思ってしまった。
「それ、弟くん?」
「ああ」
 遠慮も何もなく、頬を指差される。つられて触ってみると、すでにちょっと腫れていた。
「ふぅん」
 ニイ、と形の良い唇が三日月になる。
 獲物を定めた猫のような笑みだった。
 ネズミはさしずめ、俺か―――
「どこ行ったの?」
 ―――まさか。
「あ、そっち?そっかぁ、ありがと夏野!」
 ちらりと泳いだ視線を読んだのか、答えを言う前――言うつもりはなかったけれど――に蓮見は窓から離れる。
 慌てて身を起こし、眼鏡を拾って窓を跨いだが、蓮見の姿はもう影も形もなかった。
「……クソ野郎」
 唸り、そして駆け出す。

 たとえ嫌われていても、
 兄と思われてなくても、

「待て蓮見!てめえ、何する気だ!」

 だって、
 俺にとって、

 亜希はたった一人の『家族』なんだから。