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君僕リレイション【relation.3 弟】

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俺には弟がいる。
 名前は夏野亜希。昔は甘ったれな子供だったが、中学から順調に反抗期を始めた。そこまでならまだ普通の範囲だがうっかりこじらせたらしく、高校に入ってからは髪を金に染め、不良を気取る始末だ。そのため、標準装備が眼鏡と本と黒髪の俺が亜希と並ぶと、不良とカツアゲされてるガリ勉にしか見えない。
 そんな不肖の弟だが。
 俺としては、可愛いとは思っている。
「…お前、サボるんなら別んとこにしろよ。またうちの生徒が怯えるじゃんか」
「うっせ。しね」
 俺には、世界にたった一人の、弟がいる。
 しかし残念ながら、向こうは俺のことが嫌いらしい。

**

「本当は普通に可愛がってやりたいんだけどなー」
 今朝の出来事を思い出し、俺はため息をつく。顔を合わせればいつもいつも説教だ。向こうはいい加減うざいと思っているだろう。それでも、あんなに堂々とやられたら反射的に止めてしまうし、説教せざるをえない。俺はそういう性分だ。亜希もさすがにわかってるだろう。
 ……せっかく別々に暮らしているんだから、わざわざ説教されに来なくてもいいだろうに。
「僕は一人っ子だからよくわかんないけど、一つしか違わない男兄弟に可愛がられたくはないんじゃないかな!」
 ひょいと俺の顔をのぞきこみ、蓮見はそんな余計なことを言った。そんなことを言うためにわざわざ俺の席まで来たのか、こいつは。思わずさっきよりも大きなため息が出る。
「じゃあ同い年の男クラスメイトからは絶対に優しくされたくないんだな、お前は」
「男友達からの優しさはほしいなあ」
「お前にやる分はねーよ」
 ぺし、と鬱陶しいツラを軽く叩くと、俺は猫背になりかけていた姿勢を正した。
 ……男兄弟には可愛がられたくない、か。
 異性でも同性でも、年が離れていても近くても、家族でも家族でなくても、優しくされるのは嬉しいんじゃないかと思うんだが。亜希は、蓮見は、『普通』は違うのだろうか。
「……俺は、仲良くやっていきたいんだけどなぁ」
「十分仲良さそうだよ。毎日楽しそうに会話してるしねっ」
「どこがだよ」
 また独り言をいちいち会話にしようとしてくる蓮見を睨みつけると、奴はまったく悪びれない顔で言葉を続ける。
「遠慮なくものを言えるところ?主に弟くんが」
「うぜえか死ねかのほぼ二つじゃねえか」
 ついつい言い返してしまい、結局、独り言はまたくだらない会話になってしまった。俺の悪い癖だ。
「それが夏野に対する素直な気持ちなんだよ」
「まあ、そうなんだけどな」
「……夏野って、本当に鈍いなあ…」
 何度も言われたその言葉に何と返していいのかわからず、俺は逃げるように机の上に突っ伏す。このまま次の授業まで寝てしまおうかと思っていたら、また騒がしい声に邪魔された。

「弟なんて、別に放っといてもいいと思うんだけどね」

 それはとても楽しげで、楽しげで。
 虫の手足をちぎる子供のように、楽しげで。
「わざわざ気を使う必要も、夏野には、ないんじゃない?」
 すっかり忘れていた、こいつの本性を思い出す。
 人と人との関係性をのぞき見ては手を叩いてはしゃぐ、下種で、有邪気な子供の顔を。

「だって―――『家族』、なんだからさ」

 『家族』といやに強調する声が、癪に障る。
 まるで嘘をつくような調子で、蓮見はぺらぺらと薄っぺらい言葉を重ねた。
「だから、そうしたいんなら、そうしてあげればいいよ」
 関係性が見えるというのなら―――ああ、そうか。
 今まで何も言ってこなかったのは、ただの気まぐれか、時機を伺っていただけで―――獲物の油断を、待っていただけで。元々、こいつは俺の『この』関係性で遊ぶつもりだったんだ。
 そんなことも知らず、俺は馬鹿みたいにこいつの性格の悪さに馴れて、油断して、気を許して、いたんだ。
 こいつは口先だけで、本当に引っ掻き回すようなことはしないだろうと思っていた自分の浅はかさに腹が立つ。
 ―――やっぱりこいつは、ろくでもない。
「どこいくの、夏野」
「さぁな」
 もうすぐ授業だよ、そんな白々しい言葉に苛立ちながら乱暴に席を立つ。このままこいつといたら自分を保てなくなりそうだった。亜希じゃあるまいし、乱闘騒ぎなんて、起こしたくない。
 だって、そんなことをしたら、そんなことをしたら――――
「思考が弟くん化してない?さすが兄弟だね!」 
 嫌な未来図を、その元凶の声が打ち消す。
 睨み付けたその顔は、やっぱり―――最悪に笑んでいた。

**

「せ、先輩?……由希先輩?」
 肩を揺すぶられ、沈んでいた意識が浮上する。うっすらと目を開けると、
「………拓巳」
 赤いヘアピンで半分が開かれた前髪。
 見慣れた後輩の顔があった。
「先輩、あの、昼休み終わりますよ」
「…あー……」
 首が痛い。
 ああそうだ、図書室の机で寝たんだから、痛めて当たり前だ。
 しかし、何でこんなところで俺は寝てたんだっけ……?
「まっ、ままままさか具合でも悪いんですかッ!?」
 無言で散らかった記憶を探っていると、とたんに拓巳は慌てだす。ちょっと落ち着けと思ったが、こうわかりやすく心配してもらえると、なんだかくすぐったいというか、嬉しい。
「お前みたいなのが……だったら、よかったのになぁ」
 ぼんやりと笑みながら、俺は寝起きの舌にふやけた言葉を乗せる。 
「そしたら、もっと簡単に……」
 相手に伝わらないようにふやかしたそれは、何の意味も為さないままに途切れる。
『だって、彼は■■■■■だから』
 ふいにごちゃごちゃの記憶の中から蓮見の言葉が再生され、一気に気分が悪くなった。
 とたんに頭のパズルは組み立てられ、蓮見死ねと呟くと同時に、目の前の顔に罪悪感を覚える。
 こんなろくでもない先輩を慕ってくれる、優しい後輩。
 素直に可愛いと思う。優しくしてやりたいと思う。できる限り。
 それが代償行為に過ぎないのだとしても、気づかなければ良い先輩後輩として過ごせるはずだ。
「いや、なんともねーよ。ありがとな」
 こちらをのぞきこむその頭にポン、と手を置いて、俺は体を起こす。
「じゃ、5限行くか。待たせて悪かったな」
 途中まで一緒に行こうぜ、と促すと拓巳はわかりやすく嬉しそうにする。それにしても、たった一つしか違わない、自分より背も低くてひょろい男に何だってそんなに懐くんだか。憧れる要素、欠片もないのになあ。確かにあまりにも周りに馴染めないのを見かねてアレコレ世話を焼いていたが、それくらい、先輩なんだから当然といえば当然だ。
「5限、由希先輩は何ですか?」
「忘れた」
「えっ」
「嘘だ」
「えっ」
「あ。……いや本当にド忘れした。何だっけ」
「えぇ!?」
 軽口のつもりが、嘘から出た真だった。後輩の困ったような呆れたような顔を見て少し前の思考を訂正する。懐かれていたとしても、尊敬はされてないだろうな。というかしてたら心配だ。
「着いたら思い出すだろ」
「ま、前向きですね…」
 拓巳との言葉のキャッチボールは、適当な球を投げても、毎回律儀にストレートで返ってくる。まったくもって、素直でいい奴だ。本当に。
「……ごめんな」
「え?」
「いや、何でもない。じゃな」
 それでも。いや、だからこそ。