紫陽花の花
実際は年下好みらしいと園児達の間で噂になっていると娘が言っていた。「ぼくは新井先生と結婚する!!」と泣き喚いた男の子がいたらしい。
私も幼稚園に通っていた頃は似たような事を言っていたものだ。
「パパ、ミキは恥かしいよ」
「なんでだい?」
「『来たよ〜ん』とか言わないで」
「いいじゃん。かわいくて」
「かわいくないっ!」
父親にツッコミをいれられるあたりが、実に“我が子”って感じだ。パパはうれしいよ。
雨はまだ少しだけ降っていた。
紫陽花の花の前を通った時、娘の足元からバキッと何かが割れる音がした。カタツムリを踏んでしまったのだ。
「石を踏んじゃったんだよ」
娘はまだ幼い。生命のなんたるかを知るには少し早いかも知れない。
そう考えて、その場凌ぎの嘘をついた。
バキッ
「うげっ!カタツムリ踏んだ!? きたねぇ」
なんとタイミングの悪い。
たまたま通りかかった男が同じようにカタツムリを踏み潰し、そのことを声を大にして言ってしまったのだ。
娘はじっと私の目を見つめている。
バツが悪いとはこの事だ。
「ミキ、カタツムリさん踏んじゃったの?」
娘は私に問いかけながら、繋いだ小さな手にぎゅっと力を込めた。
「まぁ、そぉいう事になるねぇ」
「カタツムリさん死んじゃったの?」
私の答えに、娘はより一層深い悲しみを見せた。
「・・・・・・」
私はそれ以上何も言うことができなくなってしまった。
「ミキ、悪い子だね」
娘は俯いて自分を責め、その震える肩は今にも泣き出しそうだ。
私は腰を落とし、娘の顔を覗き込んだ。
への字に歪んだ口元がとても愛らしかった。
「美樹ちゃんは悪い子なんかじゃないよ。わざと踏んだわけじゃないし、本当にごめんなさいって思ってるんだからね」
娘は、ちらりと私の目を見て、またすぐに俯いてしまった。
「パパもいっしょに謝ってあげる。ごめんなさいしよう?」
こくん。