名探偵カラス Ⅱ
事件解決
「待ってろよ! じいさん」
そうは思っても、さてどうする。俺はしばし、少ない脳みそをフル回転で巡らせたのだった。
「――そうだ! これしかないっ」
俺は、思いついた秘策を早速実行に移した。
のんびりしてはいられないから……。
まず俺は、いつもより高音で鳴いて、遠くにいる仲間たちを呼び集めた。
「カアカアカアーカアーー!」
「何事だ?!」
と、四方八方から仲間のカラスが集まって来た。
俺たちカラスは、普段はまるで一匹狼のように(カラスだけど)一人〔一羽〕で自由気儘に行動しているけれど、いざ何かあった時の団結力は群を抜いているんだ。まぁ、平たく言えば抜群ということだけど……ニヒヒ。
集まってくれた仲間に、手短にことの事情を説明すると、作戦一と作戦二を教示した。その作戦には場所が特に重要だったから、その場所に差し掛かったら俺が合図をすることにして、それまでは、例の車の上空を追尾して飛びながら待ってもらうことにした。
車は隣町に向かって走っていた。この調子ならあと少しで目標地点を通過する。
「よし! 今だー!」
俺の号令に、仲間たちは一斉に車を追い越し、一旦車の前に回ると、そこから今度は車の方へ向かって一斉に突撃だーー!
もちろん俺たちにだってリスクはある。万が一、車のフロントガラスにまともにぶつかったら、多少のケガはするだろうし、もし打ちどころが悪かったら命を落とすことだってあるんだから……。
作戦一。
相手の前方よりフロントガラスを目掛けて突進、但しぶつかる寸前に逃避すること。
それによって相手を驚かせ、運転速度を緩めさせる。
計画通り、運転手は俺たちの攻撃を恐れ、それを避けようとして蛇行運転を始めた。当然スピードも落ちる。
そこで作戦二の決行だ!
俺の合図の元、今度は車のフロントガラスの上に、皆で糞を落としにかかった。
べちゃっ。べちゃっ。べちゃっ!
運転手はかなり焦っているに違いない!
ついにフロントガラスは俺たちの糞でべったり塗り込められたようになり、敢えなくキキキィーー!と、急ブレーキをかけて車は停止した。
その音と光景に驚いて、道路脇の建物から数人の、制服に身を包んだ男性が走り出て来た。
そして乗っている人間の顔を見て、まともな奴らでないことを瞬時に悟り、男たちを一人残らず建物の中へと引っ張って行った。
「やったぞー!」
俺たちは成果に湧き上がった。
近隣住民がきっと、今日は何でこんなにカラスがうるさいんだろうと、不思議に思っていたことだろう。
その後、俺が仲間たちに礼を言うと、みんなはそれぞれのネグラに帰って行った。
強面たちが連れて行かれた建物は隣町の交番だった。さすがの強面たちも、警官に、ボケたじいさんを連れていることを問い詰められると、答えに窮してすべてを白状した。
そして強面の一人が悔し紛れに唾を飛ばしながら言っていた。
「くっそー! あの変なカラスの奴らさえ来なきゃ、何もかも上手くいってたのによーー!」
それを聞いて俺はにやりと笑った。
誘拐の罪は重く、悪徳金融の会社も当然ながら捜査が入り、最終的には靖男の証言もあり、丸金興業は看板を降ろすと同時に事務所の中は空っぽになった。
これで街のゴミが一つ綺麗になった。俺はホッとすると同時にどっと疲れた。
秋山家はというと、父親が無事に戻ったことで聡子は泣いて喜んでいた。
「本当に良かったわ〜。せっかくだからご馳走を作ってお祝いしましょうよ。ねっ、あなた」
「あぁ、それはいいね!」
靖男は一も二もなく賛成した。
「じゃあ私、これからお買い物に行って来るから、その間お父さんを見ててくれる?」
「あぁ、もちろんだよ! 今度こそちゃんと面倒見て待ってるから。安心して行っておいで」
靖男のその言葉に嬉しそうに微笑むと、聡子は財布を手にスーパーへ張り切って出掛けた。
残された靖男は、相変わらず縁側で三毛子を相手に座り込んでる義父のそばへ行き、すっと床に正座して手をつくと、いきなり頭を床に擦り付けるようにして言った。
「お義父さん、今回はお義父さんに対して本当に酷いことをしてしまいました。お義父さんを危険な目や酷い目に合わせてしまって、謝っても謝っても謝りきれるものではありません。本当にどうもすみませんでした」
「……お義父さんの気持ちも知らずに、なんて俺は親不孝者だったんでしょう。しかし今回の事で、ようく分かりました。お義父さんの気持ちも聡子の気持ちも。これからは本当の父親だと思って親孝行すると約束しますから、どうか、どうかこの私を許して下さい。お願いです、お義父さん」
言い終わっても靖男は頭を上げずに、義父の言葉を待っているようだった。
しばらく無言の時が続き、少ししてからようやくじいさんは声を発した。
「靖男くん、悪いのはお前さんじゃない。わしじゃよ。わしがこんな病気になってしもうたばっかりに、お前さんには寂しい思いや辛い思いをさせてしもうた。謝るのはわしの方じゃ。靖男くん、本当にすまんかったのう。こんな老いぼれじゃが、もうしばらく宜しく頼むよ」
「お父さん! そんな…そんな言葉を私に……あんなに酷いことをしたのに。私の方こそこんな息子ですが、どうぞ宜しくお願いします」
そう言う靖男の瞳からは、床にポタポタと涙の雫が垂れて落ちた。
「それにしてもあの時は、よく約束を守ってくれたのう」
「えっ? 約束って……」
靖男は目頭を拭きながら言った。
「ほれ、浮気したことじゃよ」
「あぁ、あのことですか。実は、正直に言うべきかどうかずいぶん迷いました。しかし、お父さんとの約束を覚えていたので、ぐっと堪えてギャンブルをしたことにして……あれっ? お父さんボケてたんじゃないんですか?」
靖男は、義父の受け答えがあまりにも正常なのに気付きハッとした。
「あっはっはっは…そうじゃった。忘れとったわ」
「えっ? それって……」
「まぁ、ええじゃないか靖男くん。なぁ〜。それより腹が減ったのう。ご飯はまだかいなぁ〜」
「あっ、今聡子がご馳走を作ると言って、張り切って買い物に行ってますから、帰り次第、美味しい物を作ると思いますよ。もう少し待ってて下さい」
「そうか、楽しみじゃのう」
「そうですね」
二人の様子をいつもの庭の木の上で見ていた俺は、それを聞いて腹が減っていることに気付いた。途端に腹の虫が「グゥー」と鳴った。
さて、今回の事件も片付いたし、秋山家はきっとこれからは、平和な暖かい家庭になるだろう。そう確信した俺は、まずは腹を満足させるため餌場へと羽を広げて飛び立った。