リブレ
「お前たち誰だ!」
若者が目を凝らすと、そこには見覚えのある少女が立っていた。
「アンネ、アンネじゃないか!」
どうやら少女の名前はアンネというらしい。
「早く門を開けなさい」
若者はアンネに言われ門を開けようとしたが思いとどまった。その訳は――。
「お前が本物のアンネという証拠はない、それにそこにいるヤツはなんだ、この村の者ではないだろう」
辺境で生き抜くためには、どんな些細な事にでも疑いをかけるのが普通だ。特に夜となれば、それが命取りになりかねない。
「あたしは正真正銘のアンネよ、それにこっちは、ハンターのゼロよ」
ゼロという名を聞いた瞬間、若者は少し戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに気を取り直し、
「妖魔の中には、人間に化けたり、幻影を見せることの出来る者がいると聞く、お前がアンネだって証拠を見せろ!」
「証拠……? って、どんな証拠よ!」
「そんなの知るか、自分で考えろ!」
「何それ、それが幼馴染に言うセリフ!」
この二人のセリフは側からすると莫迦らしく思えるかもしれない、しかし、二人は真剣だった。
「お前はいつもそうだ」
「何がよ、言ってみなさい!」
「いつも、いつも、逆切れして、なんだよ! こっちは迷惑してんだよ!!」
「あたしがいつ逆ギレしたって言うの!」
「今してるだろ、自覚症状ないんだもんな」
「なんですって!!」
「そういう態度だと、いつまでも、ここ、開けてやんねぇーぞ」
二人の戦いはどんどん激しくなっていく。
「もういいわ、こっちにも考えがあるわ」
「なんだ、考えって、言ってみろ」
アンネはハンドガンを腰のホルダーから抜き取り門に向かって構えた。
「門をブっ壊すだけよ」
そのとき突然門が開いた。開いた門の先にはゼロが立っていた。
「早く入れ、すぐに閉める」
少女は言われるままに村の中へと入った。
がゼロはどうやって門を開けたのだろうか。門が開いた時にはゼロは村の中にいた、要するにに内側から開けたことになるのだが……?
その光景を上から見ていた若者はすぐに上から降りて来て、二人を足止めしようとしたのだが、それは失敗に終わった。なんとアンネが若者に対して、
「あんたねぇ、少し疑り深いのよ」
バシッ! なんとアンネは若者の頬を引っ叩いたのだ。
「いててて、やっぱ本物だったか……」
そう言う若者を尻目にゼロとアンネはその場を立ち去って行った。
アンネの家は村の奥にある農園だ。ここで育てた食物を売って生計を立てているらしい。
ゼロはアンネに案内され家の中へと入った。
家の中には人の気配がない、一人暮らしなのか? しかし、その家には一人以上の人が住んでいる痕跡が家のあちらこちらにあった。
ゼロは不思議に思いアンネに尋ねた。
「一人暮らしか?」
ゼロはあえて直接的な質問はしなかった。
「父と母はだいぶ前に亡くなりました、今は妹と二人で暮らしています」
「妹さんはどうした?」
この質問をされたアンネは少し暗い表情になった。
「妹は貴族にさらわれたの……」
「そうか、それで俺の力が必要な訳か」
貴族と言うのは主に妖魔貴族のことを言い、妖魔の中でも強大な力を持った者を貴族と言う。
妖魔を支配し、辺境においては人間をも支配する貴族もいる。
妖魔の力は歳を老うごとに強くなると言われている。しかし、妖魔の格はそれとは関係なく、他の価値観によって定められている。
『他を魅了する美貌』、『他を威圧する恐怖』、『他に屈しない誇り』、この三種から、妖魔の格の高位が決まり、妖魔の君、上級妖魔、中級妖魔、低級妖魔、邪妖に区分され格による上下関係は例外は除き絶対である。貴族と呼ばれるのは、妖魔の君、上級妖魔、中級妖魔である。貴族の階級は妖魔の格とは関係ないらしい。
妖魔の君とは数千年以上の時を経ても、なおも格を保つ妖魔のことで、大規模な領地を持っている。
領地というのは、力のある妖魔貴族が支配する土地のことであり、それとともに貴族の力の届く範囲でもある。貴族の領地内では、妖魔や人間が支配化となっている。
邪妖とは格を落としめた者のことであり、永く生きた妖魔は徐々に格を落とし、ここのたどり着く、別名『見るにあたわぬ者たち』とされている。
妖魔の種類は多種多様で色々な者がいる。吸血一族や人魚、翼のあるものなど、その種類は数えきれない。
妖魔とは異なる魔物と呼ばれるモノがいる。魔物というのは、そのほとんどが貴族の創りだした生物であるが、中には天然のモノもいる。天然の魔物は力が強く、特殊能力をもっているものが多く、中には知能がすごく高いモノもいて、神と崇められ、時には恐れられるモノもいる。ドラゴンなどの伝説的な魔物は東方の国で神と崇められることが多い。
妖魔・魔物ともに人間に恐れられる存在だが、必ずしも、それだけではない。人間に友好的なモノもいることを忘れてほしくない。
コーヒーを出されたゼロであったがそれには口も付けず、仕事の話を始める。
「貴族について、詳しく教えてくれないか?」
「貴族の名前はイドゥン男爵、以前この辺りを領地としていました」
「以前?」
「ここ300年もの間1度も姿を現していませんでした」
「ではなぜ、イドゥン男爵だとわかる?」
「妹をさらった使い魔が言っていました」
「では、確証はないわけだな」
「ええ、まぁ」
「そうか……」
何故ゼロは相手がイドゥン男爵かどうかにこだわったのだろうか?
ゼロは険しい表情のまま黙り込んでしまった。
「どうかしたの?」
ゼロは何も答えない、少しの間、二人を沈黙が包んだ。
そして、ゼロが口を開いた。
「妹さんの名前は?」
「ミネア……」
「君の妹さん以外にさらわれた者はいるのか?」
「私の妹以外に3人さらわれました」
「いつの事だ?」
「全員、3日前の晩に、さらわれたわ」
「そうか……」
また、ゼロは黙り込んでしまった。アンネは何かしゃべろうと必死になった。アンネは間が持たなくなるのが好きではないらしい。
「ゆ、夕食にします?」
「いらん」
即答で返された。アンネが苦渋の末にやっと思いつた言葉だったのに、アンネは気まずい気持ちになってしまった。しかし、ゼロは何とも思っていないだろう。
ゼロが突然、椅子から立ち上がった。
「どうしたの?」
こう聞くのは当然のことと言えよう。
「外が騒がしい」
「あたしには聞こえないけど……」
「出かけてくる」
そう言ってゼロは家の外に飛び出して行ってしまった。
アンネは急いで追いかけようとしたが、彼は霧のように姿を忽然と消してしまった。
ゼロが現場に駆けつけると、そこには人だかりができていた。
その人だかりの中心には、魔物とそれに応戦している村の若者たちがいた。
ゼロが人だかりの輪の中心へと歩き出すと、人々の目は一心にゼロへと注がれた。
「そこをどけ、後は俺がやる」
とゼロが言うと、その言葉を聞いた若者たちは、まるで催眠術にかかったかのように武器を収め、何も言わずその場を退いた。
魔物の腕には女性が抱きかかえられている。
「気を失ってくれているのが幸いだな」
とゼロは小さく呟いた。
ゼロが剣が煌いた刹那、その瞬間に勝負は決まっていた。まさに一瞬の出来事であった。
作品名:リブレ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)