ろーるぷれいいんぐ
「あ、ちょっと、待ちなさい」
走り出したオレを見て管理人の声が後ろから追いかけてきた。待ちなさいと言われても
待ってはいられない。病院へ連れて行かれてバッドエンドでゲームオーバーだ。
しばらく走って、小学校の前についた。汗もかいているので、校内に入り、木の下にしゃがんだ。HPも減少している。オレは手元にコンビニの袋を持っていることに気が付いた。冒険に夢中で忘れてしまっていた。中からコーラを出して缶のプルトップを引いた。
「プシュウウウ」噴水のように勢いよく中身が飛び出して、オレの顔を洗った。数秒間固まったまま、冷静に事態の分析を始めた。中には炭酸が含まれている。温度があがっている。走ってきたので、かなりシェイクされている。故に当然の結果である。
手の平で顔のコーラを拭う。缶の重さを確かめる。その動作の結果、次の行動が決定した。袋からオニギリを取り出して食べ始めた。半分ほど食べた所で、ぬるくなったコーラを飲んだ。あと僅かしか残っていない。オニギリを食べ終わって、残りのコーラも飲み終わった。袋にはヨーグルトが残っている。それも食べようとして、スプーンが無いことに気が付いた。オレは蓋を開けてしばらく考えた末、指で掻き出して食べるというお行儀の悪い食べ方を選んだ。
ヨーグルトを口に近づけ、人差し指で口に流し込んだ時、頭に何かが当たる音がした。
「カツン」ヘルメットのおかげで痛くは無かった。と思う間もなく顔にあたった。
「イテッ」
思わず叫んだ表紙に口に入れたヨーグルトが放射状に飛ぶのが見えた。さらに足にも当たったが、ジーパンが防御をしたのでそれ程痛くはない。
「ななななななんだ」
オレはいつもの冷静な判断が出来ない。そうしている間にモンスター遭遇場面になっているのに気づいた。【防御】を選んで様子をみようとした時、金属バットを持った子どもがオレに向かって来るのが見えた。さらにもう一人が縄跳びの縄を振り回している。少し離れた所で小石を集めている子がいる。そこまで解ったとき、金属バットが振り下ろされた。
「くわわあん」と耳に響いて、痛くは無かったが、頭が痺れた感じがする。
見るとオレのヘルメットに直撃を加えた男の子がバットを放りだして、手を押さえている。そこへ女の子がよってきて、「しびれたの、飛んでけー」とまじないを叫んだ。
――どこかでみたようなシーンだ―― また次の【戦う・防御・逃げる】が現れた。もしこのコマンドがこの子達にも出ているとすると、これは……、この子達は使命をもってパーティを組んで戦っている。そしてオレの役割は……?。
「オレがモンスターだったのかあー!」
衝撃の事実だった。さらに追い打ちの言葉が聞こえた。
「オイ、そのヨーグルト、盗んだのだろう」リーダー格のがっしりした体格の子が言った。
「………」
オレはそれに対して何も言えなかった。アイテムを探して歩き回り、手に入れたものである。しかし、言い換えれば盗んだものである。
「どど、どうしてだ」
オレはうろたえながら答えた。
「ヨーグルトを買ったら、レジでスプーンをくれるか、おつけしますかと聞くはずだ」
鋭い指摘だった。小学生とは思えない。いや当たり前か。
「ここへ何しにきた」かさに掛かってリーダー格の子が言う。だんだんその子が大きく見えてきた。パーティの中の痩せた男の子が何やら呪文を唱えているようだ。
「魔法使いもいる」オレはそう判断した。
【逃げる】を選んだが、《逃げることは出来ない》と出た。
さらにキャンセルボタンを押すが、反応がない。
【戦う】を選ばざるを得ない。オレはポケットからカッターナイフを取り出して構えた。
相手のパーティメンバーに緊張が走った。
「FF小学校を悪の手から守る愛と正義の軍団、バラ組!」リーダーが叫んだ。
カクッと拍子抜けして、オレは前のめりに転びそうになった。やっとのことで態勢を立て直し、身構えた。
小石を拾っていた子がヒョイと小石を放り投げた。何だ、オレにぶつけることも出来ないのかと笑ってしまった。が、その後カチーーンと金属音がして、オレの腹部に衝撃があった。
「ううっ」と膝をついたオレに数秒遅れて痛みが走った。
「イテテ」
さっきのはバットを持ったやつへのトスだったのだ。見事な連係プレイを感心する間もなく、投げられた縄がオレの首に絡まって、引っぱられた。とっさにその縄跳びの縄を掴んで、首が絞まるのを防いだが、とんでもないことをやる奴らだ。死んじゃうかも知れないのだ。
――何が愛と正義だ。―― オレは怒りがこみ上げてくるのを感じた。首に絡まったままの縄をグイと引くが、しかし思うようにはいかなかった。何と向こうは3人で綱引きの要領で引っぱっている。
「ヨイショ」
グイと引っぱられて身体が前のめりになる。そのまま冷静なオレはカッターナイフの使い道を思いついた。縄跳びの縄を手元で切ればいいのだ。オレはニヤリと笑ってカッターナイフの刃をずらした。
「ヨイショ」 相手は依然強い力で引っぱっている。
「ぎっぎぎっ」
オレはカッターナイフの刃を縄に当てて往復させた。
「ソーレ」 相手はそのまま引いている。
「ッツ」 縄が切れてオレと相手の三人が尻餅をついた。
敵は甘くは無かった。尻餅をついたオレにいつの間にか忍び寄った子の金属バットが見えたとたん「ガチィイン」という音と、衝撃が頭に響いて、昼なのに花火が見えた。
「やった」
「気絶したかな」
そんな言葉が聞こえるが、オレは身体を動かす気力を無くしていた。もう死んだふりをするしかなかった。
「レベルが上がったかな」
「それより、何かアイテムを持っていないか」
オレの身体をうつ伏せにさせ、ジーパンの尻ポケットからサイフがとられるのを感じ、起きあがろうとしたら、「ガチイイイン」という音と共に頭の中でまた花火があがった。
薄れ行く意識の中で、「それが愛と正義か」というセリフを吐いたが、言葉になったかどうか怪しかった。
――暑い―― 顔にまともに太陽を浴びてオレは気が付いた。起きあがると頭が痛い。
ヘルメットを脱いで、頭に手をやった。《ステイタス》で確認する。【正常】とあった。そして残金が0になっていた。
どこを通って家に帰ったのだろう。気が付いたらヘルメットを被ったまま自分のベッドに寝ていた。階下では昼食の用意をしている音と匂いがしている。ふと目をやった先に『ドラゴンシャドー』のゲームが GAME OVER になっていた。
(了)