名探偵カラス Ⅰ
――カラスの濡れ羽色と言う言葉もあるが、それは、夜の闇の中でも不思議な色を発して、街路樹そばのごみを漁っていた。真っ黒なだけなら、目立たなかったかも知れない……。
その男は、多少酔っていたせいもあるのかも知れないけれど、足元に転がっていた石っころを拾うと、いきなりそのカラスに投げ付けた――
「こいつぅー! 鬱陶しい奴だ。これでも喰らえっ」
「ギャーー!」
「――何てことしやがるんだ! いきなり……」
俺はそいつを睨みつけて言った。とは言っても、俺の声は人間には、
「カァーカァー」としか聞こえない。俺はカラスだからな。
しかし、この黒い姿は仮の姿で、その本性は……。ま、あとでゆっくり教えてやろう!
俺様に石を投げ付けたらどうなるか、思い知らせてやる。俺は少し上空を舞いながら、そいつの後をつけて行った。
そいつはふらふらと千鳥足で歩きながら、どうやら自宅へ向かっているらしい。しばらく後をつけて行くと、アパートの一室に入っていった。
「ふぅーん、ここがあいつの家なのか……」
俺はそのアパートの位置を記憶に焼きつけ、取り合えずはネグラに帰った。
翌朝、俺はそのアパートの前でそいつが出てくるのを待っていた。
少しすると、昨日よりはしゃきっとした足取りでそいつが出てきた。どうやら会社に行く様子だ。広い道の方へ歩いて行き、バス停の一つで止まった。
どうやらバスに乗って行くらしい。そいつは同じ場所に立ったまま動かなかった。
チャンスかも……。そう思うと俺は、道に転がっていた石の中でも特に大きそうなのを一つ、目一杯くちばしを開いて啄ばむと、そのまま上空に飛び、上から見て、そいつの真上辺りでくちばしの石ころを落とした。
上手くいけば、そいつの頭の上に落ちる予定だ。落下速度も付くから、落ちた時には結構な衝撃があるはず!
俺がぶつけられた石のことを、そしてあの時の痛みを思えば、それくらいは当然だろうと思えた。
ヒューーーー
石はまっすぐ下に向かって落下していった。
あと数メートルという時、突然その男が動いた。足元の近くに何かを見つけたのか、それを拾おうとして二、三歩前に出た。
ポトッ!
背後でなにやら音がしたので、男は振り返った。しかしそこに、自分を狙った石が落ちているなどとは全く気付かない。
「ん? 何か音がしたような気がしたが……気のせいか」
「クッソー!! あと少しだったのに!」
俺は意地になっていった。
「絶対に痛い目にあわせてやるからな!」
俺は上空から、その男が待っていたバスに乗り込むのを見、そしてそのバスを追って飛んだ。
しばらく走って停まったバス停の一つで、ようやくその男が降りた。
俺はまた、その男の上を飛びながら後に続いた。
男はその後、オフィース街のビルの一つに入って行った。
「ふぅーん、ここが奴の職場か……」
俺は、そいつが帰る時間まで街をウロウロ彷徨い、餌を求めて飛んだ。
夕方、待っていると奴が出てきた。
「よし、今度こそ! 懲らしめてやる」
しばらく歩いて、その男は公園に入って行った。その公園には大きな池があり、そいつは池の端に立ち、じっと鯉が泳ぐのを見ていたようだった。
少しすると、鴨がどこからともなくやって来た。するとその男、突然足元の砂利を拾うと、その鴨を目掛けて投げつけた。
「オオーッ、こいつ。俺にだけじゃなく鴨にまで……。何て奴なんだ!」
鴨は咄嗟の所で態をかわし、何とか石の直撃は避けることができたようだった。
「良かった。――それにしてもあいつは……。絶対許せねぇ!」
その後も追跡を続けるが、なかなか石をぶつけてやる機会がなかった。
そして次の日もその次の日も、俺はそいつの後をつけ続けた。
機会に恵まれないまま、数日が過ぎたある日。
その日は、そいつは休みのようだった。いつもより遅い時間にアパートを出てきて、ぶらぶらと散歩でもするようにのんびりと歩いている。
俺は時々、近くの木に止まりながらそいつを見張っていた。すると少し行った所に公園があって、そいつはその中へ入って行った。
また動物にでも石を投げるつもりなのか? そんなことを思いながら上空を舞った。
そいつは公園のベンチに座って遠くを見ている。その視線の向こうには、小さい子供たちが砂場で楽しそうに遊んでいた。子供たちはその近所の子供なのだろう。皆でおもちゃやおままごとを共有しながら遊んでいた。
その中に一人だけ、特別可愛い女の子がいた。そいつはどうやらその子を見ているらしい。
子供たちから少し離れた場所では、その子たちの母親と見られる女性が、数人かたまって楽しそうに話をしていた。どうやらその公園の常連客のようだ。
考えて見ればその時はチャンスだった。
そいつはベンチに座ったままで動かなかったから、上から石を落としてやれば、そいつの頭に命中したかも知れない。
しかし俺は、そいつがその可愛い子を見つめるのには何か理由(わけ)があるようで、そっちが気になって、ずっと木の上に留まって見ていた。
少し経った頃、その女の子がひょこひょこと、その男の方へ向かって歩いてきた。その子の母親は、仲間のお母さんたちとの話に夢中で気付いてないようだった。男はすかさずその女の子のそばに行き、何かを話し掛けたようだ。
その子は大きく嬉しそうに頷くと、その男に抱っこされた。そしてその男は、その子を抱いたまま公園を出て行った。
「おいおい、それって誘拐だぜ!」
俺が母親の方を見ると、まだ気付いてない。知らせるべきだろうか?
俺は悪党ではないから、一応知らせてやろうと思い、母親たちのすぐそばの木に止まって、激しく鳴いて見せた。
「カアー! カアー! カアー! カアー!」
「まっ、今日はどうしてこんなにカラスがうるさいのかしらねぇ~」
母親たちは、俺の存在に気付いてはくれたが、俺がなぜこんなにしつこく鳴いているのか……さすがにそこまでは分からなかったらしい。
俺は諦めて、その男の姿を上空から探した。
「おっ! いたいた」
どこへ行くつもりだろうと見ていると、コンビニの一つに入り、間もなく出てきた。女の子の手には、何やらキャラが付いたチョコのような物が握られている。明らかにその子をお菓子で釣ったのだ。
その頃公園では、自分の子供がいないのに気付いた母親が大騒ぎをしていた。
その男はその後、その女の子を自分のアパートに連れて帰った。アパートに入る前には、近所や通りの人に見られないように、気を配ってる様子が見て取れた。
「むむっ、こいつ何をする気だ?!」
俺はアパートのそばの木の上で、奴の部屋の様子を窺った。
少しすると、部屋に入ってきた二人の姿が見えた。
最初は二人でテレビを見ているようだったが、しばらくして、女の子の泣き声が聞こえて来た。と言っても、俺だから聞こえるが、きっと隣近所には聞こえてはいないだろう。こう見えて俺は、ごく小さな音でも聞き分けられるのだ。
女の子はどうやら、家に帰ると言って泣いてるようで、男はその子を帰さないために、躍起になってるみたいに見える。
バシッ!