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名探偵カラス Ⅰ

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 そいつは、俺が一部始終見てるとも知らないで、大きなスーツケースを重そうに下げて、アパートの外に出て来た。どうやら近所の顔見知りなのだろうか、通りがかった一人の女性と挨拶を交わしている。挨拶しながらも焦っている様子が見て取れた。
「旅行? よくそんな調子のいい嘘が言えるもんだ。中身が何か、その人に教えてやろうか?」
 俺には、そんなことできないのは分かり切っていたけど、余りにもそいつのやり方が憎々しかったので、心の中で悪態をついた。
「カラスに心があるのか?」って? 
 もちろんだぜ! 動物を馬鹿にするんじゃないよ。動物にだって、酷いことされりゃあ心は傷つくし、時には泣くことだってあるんだ!
 まぁ、その時の『泣く』は、人間から見れば鳴いてるとしか見えないだろうがな。おっといけない! あいつが歩き出したぞ。
 俺は気付かれないように、少し高い上空を旋回しながら、そいつから目を離さないように注意した。
 一体どこへ行くつもりなんだろう? ふと男の目指す場所を探してみた。
 その男の進行方向の先には、最寄りの駅があった。
 もしかして、電車に乗るつもりか…? もしそうなら……困った。いくら俺でも、電車の速度にはついてはいけない。少し考えた末、俺は一計を案じた。
 駅のそばには、必ず交番というものがあることを思い出したのだ。
 俺は、少し離れたところから交番の中を窺った。
「いたいた。よぅーし!」
 俺はにやっと笑うと一度上昇し、そこから斜め一直線に交番の入り口の、ドアのガラス目がけて嘴で突進した。
 ガッシャーン!
 派手な音を立ててガラスが割れ、周囲に飛び散った。
「アーイテテ……」
 いくら不死身の魔法使いと言えども、今はただのカラスの身、やはり痛さはどうしようもないのだ。
 しかし、俺の努力が功を奏して、中から警官が慌てて飛び出してきた。
 俺はヨロヨロとその場を離れ、あの男がどうしてるか様子を見た。
 ちょうど交番のすぐ手前まで来ていたそいつは、やはり警官のそばを通り抜けるには勇気がいるのか、足踏み状態で迷っているように見えた。
 派手に散らかったガラス片を丁寧にホウキでかき集めながら、ふと立ち止まって、警官が男を見た。
 一瞬出会った視線を男は慌てて反らすと、そのまま回れ右をして元来た方へ歩き出した。
「しめしめ、上手く行ったぞ!」
 これで、取り合えず電車には乗られずに済んだ。そう思いながら俺は、またそいつの追跡を低空飛行で続けた。
 そいつは重そうに、スーツケースを引きずり気味に持ち、しばらく当て所もなく歩いているように見えたが、何を思ったのか、いつかの公園に入って行った。
 つい先日、そう俺が追跡を始めた次の日、公園で鴨に石を投げつけたあの公園だった。もしやまた、あの鴨に石を投げつけるつもりでは……。そう考えた俺は、急いで池の鴨を探すと、その上から声を掛けた。
「カァーカァーカァー〔気をつけろ! また石をぶつけられるカモ……〕」と。
「分かった。ありがとう」
 鴨は頭を振ってそう答えると、池の向こう側の方へ泳いで行った。
「よし、これで安心だ」
 俺はまた、あの男の近くの木に止まって様子を見た。
 あいつはベンチに座って俯いている。少しは反省してるんだろうか? それとも、ただ、捨て場所に困って思案してるだけだろうか?
 それにしても、大して旅行者らしくない格好をして〔Tシャツによれよれの短パン姿。足元は素足に普段履きの草履〕、大きなスーツケースを持ってる姿はどう見ても違和感を感じるもので、通り過ぎる人たちが奇異なモノを見る目で、その男を見て行くことに、そいつは下を向いてるから全く気付いていない。
 もし警察が調査を始めたら、一番に不信人物としてマークされるだろう。その時には、目撃者にもこと困らないだろうに……馬鹿な男だ。
 ――それにしても、その男はその姿勢のまま動かなかった。まるで石にでもなったかのようだ。俺はいい加減腹も減ってきたし、ネグラにも帰りたかったが、まさかここで放棄して帰るわけにもいかず、仕方なくその男に付き合って木の上で時を待った。
 ずいぶんの時間が経って、外はもう宵闇の時間となった。公園内の人の姿もまばらで、閑散としてきた。どうやらその時を待っていたらしく、男が動いた。
 ベンチから立ち上がると、尻を痛そうにさすり、スーツケースを引いて池の端まで歩いた。
 何をするつもりかと見ていると、突然周囲に目をやり、人がいないのを確認するや否や、スーツケースを池の中に落とした。
 バッシャーン!
 水音が撥ねるようにしたが、それもすぐに静まって、池は何事もなかったようにただ波紋を描いていた。
「おっ! こいつー、こんな所に……うーー」
 俺はどうすることもできず、ただ黙って唸りながら見守った。
 その後、その男は何食わぬ顔でアパートに取って返した。正に何の計画性もない行動に、こいつの頭の出来が分ろうというものだ。
 俺は、見たことをどうやって他の人へ知らせるべきか、頭をひねった。
 あのままでは、あの子が可哀想過ぎるからな。

 翌日、朝早くから付近は何やら物々しかった。
 子供を見失った親が警察に届け、未だ帰って来ない娘を探すため、捜査が開始されたのだろう。公園はもとより付近一帯に、警官の姿、刑事らしい男の姿があちこちで見受けられた。そいつらは、付近の民家に一軒一軒尋ね歩いて、何か手がかりがないか探しているようだった。
「このタイミングを逃す手はない!」
 そう考えた俺は、あいつが出勤するのを待ってあいつの部屋のベランダへ入り込み、あの子の服を入れて、奥の方へ隠した黒いビニール袋を嘴で突付いて孔を開け、中から色目が目立ちそうな服を選んで引っ張り出した。そしてベランダの目の付く所にわざと引っ掛けておいた。
「どうか、早く見つけてくれよ。あいつが帰って来るまでに……」
 俺はそう願いながら、警官が気付いてくれるのを期待して待った。
 その日の午後に、以前あいつがアパートの前で話をしていたおばさんが、買い物帰りなのかふと立ち止まり、そいつの部屋のベランダを見上げた。
「おっ! 気付いてくれたか?」
 俺はワクワクしながら様子を見た。
 ところがおばさんは、頭を傾げながらもそのまま自分の部屋に入ってしまった。
「あぁ、ダメか……」
 俺が落胆していると、その数分後にパトカーのサイレンが鳴った。
「おやっ?」
 やって来たパトカーから降りた警官二人は、さっきのおばさんの部屋へ向かった。どうやらあのおばさん、部屋に帰って警察に通報してくれたらしい。
 おばさんの部屋から出てきた警官は、表から奴の部屋を見上げ、そこにぶら下がったあの子の衣服に目を留めると頷き合って、すぐさまそいつの部屋に向かった。ところが、あいつは出勤して留守だ。
「どうするのだろう?」
 と見ていると、おじさんが一人やってきて、その部屋の鍵を開けた。どうやら不動産屋が呼ばれたらしい。間もなくベランダに警官の姿が見えて、例の黒い袋を発見すると、急に動きが慌ただしくなった。
作品名:名探偵カラス Ⅰ 作家名:ゆうか♪