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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ  ・・第1部

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    ノブ(第1部)



     

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「ねぇねぇ、オガワ君ってさ、シブくない?」
「はぁ?誰だって?」

「ほら、オガワ君よ。あそこで本読んでるじゃん」

ボクは、医学部本部棟1階の学生控え室で、午後の心理学の教科書を一服しながら眺めていた。

「あ、彼ね。ただのネクラじゃない?あんまり友達もいないみたいだし・・」
「そういえば彼の話って、出ないよね」
「男の友達もいないのかな・・何か気になっちゃうな」
「そんなに気になるんなら、恭子、行って話してくりゃいいじゃないの!」
「そんな、ムリよ。話題だって無いし・・いきなりなんて」

4月の入学式以来、ボクは取り合えず授業には出席していたが、友達を増やすでもなくクラブに入るでもなく、一人でいることが多かった。

理由は特に無かった。
ただ、煩わしかったのかもしれない。だから授業には集中した。

元々、文系志望だったせいもあるのだろう、入学時のオリエンテーションで1〜2年時は教養課程があると知った時、ほかの学生のブーイングとは逆に嬉しかったくらいだから。

ドイツ語、ラテン語、英語、文学、心理学、哲学・・・良き医者になるためには云々・・の学部長のありがたいお話は耳を素通りしたが、これらの科目を勉強できることは、有難かった。

総合大学の中の医学部だったことが幸いしたのか、教授陣も一流クラスで授業は中身が濃かった。

クラブの勧誘は最初の頃こそしつこかったが、入学してほぼ二月経った今となっては、だれも目立たない新入生に声はかけなくなっていた。

「・・・あの、オガワ君?」
「うん、何?」
ボクは心理学の教科書から目を上げて、声の主を見た。

「午後は、何取ってるの?」
「あ、2時から心理だけど」
「そう・・心理取ってるんだ。私はラテン語なんだ」

モジモジしながら話しかけてきたのは、同じ新入生の女子だった。
名前は・・知らない。

「ごめん、何さんでしたっけ?」
「ヨシカワです、ヨシカワキョウコ。オガワ君とは出席番号離れてるから分かんないよね」

「何か用かな」
ヒドイやつだな、オレって・・と思ったが仕方ない。

「ううん、なんでもないの。ゴメンね、予習の邪魔して!」
ヨシカワさんは向こうへ行った。



もしボクが心理学の教科書に戻らず振り返っていたら、ヨシカワさんの友達の鋭い視線にたじろいだろう。

「んもう〜、なに?あの態度!何様のつもり?!」
「心理取ってるんだ、オガワ君。私も火曜の午後は心理にすれば良かったな」
「ちょっと、恭子、あんた相手にされなかったんだよ?アイツに!分かんないの?そんな事も」
「え?いいのよ、いきなり声かけて勉強の邪魔したのは私だもん」
「はぁ〜?あんた、好きなの?オガワのこと」
「え?ち・違うよ、好きだなんて、そんなんじゃないよ。ただね」

「ただ?何よ!」
「何か、気になるっていうか、目を引くっていうか・・」
「ほら、群れてないって感じ?一匹狼的な」
「ふん、ただの人付き合いの苦手なガリ勉君ってだけでしょ!」

「そうかな・・・」

いいよ、私たちも行こう?!と女子二人は控え室を出て行った。
彼女達の会話は、途切れ途切れにボクの耳にも入ってきたが興味は湧かなかった。

ボクは、心に開いた大きな穴を埋められずにいた。
だから暇な時間が嫌いだったし、常に何かに集中して思い出すことを避けていた。
そう、恵子のことを。

突然目の前から消えてしまった者には文句は言えない。
置いてけぼりを食らった寂しさをぶつけることも、出来はしなかった。
先の二月十三日、恵子は死んだ。
これは事実だから。

ボクは、泣いてないて・・・涙腺が枯れるんじゃないかって位に泣いた。
しかしどんなに泣いてもわめいても、当たり前だが恵子は帰ってくることはなかった。

でも、ボクは生きている。これも事実だ。


心理学の後は哲学だった。
これも好きな科目だったが、4月の頃ほどは面白くなくなっていた

午後の二時限が終わって学校の外に出た。今日も一日が終わった。

あれから、この駅の反対側の聖橋口方向には行かなくなっていた。
思い出して寂しくなるのが嫌だった。

茶蕃館もニコライ堂も、恵子がいた会社もそのままなのに、恵子だけがもういない。
考えまい、思い出すまい・・とは思ってもやはり考えてしまう。

6月の夕暮れは蒸し暑くて、もう夏の気配だ。

ボクは明大前の坂を下りていつもの通り、本屋街に向かった。
そう、ボクの一日はこんな風に淡々と進んでいた。


「腹、減ったな」
「確か・・・この辺だったはずだけど」

ボクは明大を過ぎた辺りで斜め右に折れて、キッチン・ジローの看板を探した。


「ジローってね、安くて美味しいの!ノブも学生になったら、きっと行くんじゃない?今度、一緒に行こうね」
以前、恵子が教えてくれた店。

結局二人で行くことは出来なかったけど。

ジローはすぐに見つかった。
縦長の店内、手前はカウンターで奥にテーブル席があった。

「いらっしゃいませ!」店員の元気のいい挨拶にたじろぎながらもカウンター席に座って、メニューを眺めた。

「じゃ、ハンバーグとスタミナで・・」
「はい、ハンスタ一丁〜!」

美味しかった、恵子の言った通り。しかもボリュームがあって安かった。

「恵子、サンキューね。美味しかったよ」
店を出た後、何故か嬉しかった。
恵子とボクの欠けたピースがひとつ埋まった気がして。

「あ、オガワ君?」
店を出てすぐのところで声をかけられた。

「え?あ〜、ヨシカワさん」
「オガワ君、もう食べちゃったの?ここで?!」
「うん、今、食べ終わって出てきたところだけど」
「あ〜ん、残念!クラブの先輩にね、美味しいから行ってみな?!って言われてたんだけど、ちょっと一人じゃ入りにくいなって思ってたの」
いつか入ってみたいとずっと思っていたのだが、女の子一人では入りにくくて・・とヨシカワさんは続けた。

「そうか、もう食べちゃったんだ。どう?美味しかった?」
「うん、結構美味しかったよ、安いし」
「そうなんだ、食べちゃったんだよね、もう」
何かおかしいな、この子。

「一緒に入ろうか?ボクはコーヒーでも飲んで付き合うから」
「え、いいの?一緒に入ってくれるの?」
そんな、とんでもなく危ういところに同行するワケじゃないんだから・・・大げさでしょ。
「いいよ、付き合うよ」
「うわ、やった!有難う、オガワ君!」

ボクは今出てきた店に、今度は女の子連れでまた入った。
「いらっしゃ・・あれ?」
ウエイターの元気な声が、途中で止まった。
「あ、連れと一緒なんで」

今度は奥のテーブル席に案内された。

「ね、何が美味しかったの?」
「このスタミナ焼きとハンバーグのセット、食べたよ」
「・・じゃ、私もそれにする」

オーダーを済ませて、水を飲みながらヨシカワさんは言った。
「ゴメンね、つき合わせちゃって。アイスコーヒーおごるね?!」
「いいよ、自分で払うよ。コーヒー飲みたかったしさ」
「オガワ君、何か嬉しそうだったよ、お店の前で見た時。そんなに美味しかった?」
「え、ニヤニヤしてた?オレ・・」