夢の途中4 (121-151)
孝則が再び部屋に戻り待っていると、暫くして美智子がキャスター付のワゴンに朝食を載せて部屋に入って来た。
一流ホテルで供される朝食のように豪華なコンチネンタルスタイルの料理だった。
『こりゃ朝から豪華だな・・・』
「だって孝則さん、昨日もロクにお食事されてなかったし・・式の途中で倒れでもされたら困るもの・・」
『あはは、そりゃそうだね。倒れないまでも、お腹がぎゅ~~ってなるかもな。』
「ふふふ♪そんなことされたら、私の立場が無くなっちゃうわ♪」美智子は軽口を言いながら、銀のポットからコーヒーを孝則のカップに注ぎ、トーストにバターを塗ってやった。
『所で昨日・・・・俺、自分で此処まで来た?』
「ふふふ♪孝則さん、お酒、弱くなったのね♪すぐに眠くなって、アソコで寝ちゃいそうになったから、私が肩を貸してこの部屋まで運んだのよ?覚えて無いの?」
『ああ、全然・・・・』
「・・・じゃあ、そのあとの事も?・・・・・」
『え?・・・・・・その後のこと・・・て?』
「私とこの部屋で愛し合った事・・・・」
『え?・・・』孝則は驚愕した・・
「いきなり私をベッドに押し倒して・・・・獣の様に私の身体を・・」
『・・・・・・・・・』
孝則は言葉を失った・・
「ふふふ♪ 嘘よ・・・・・孝則さん、死んだようにすぐ眠っちゃたわよ・・・」
孝則は背中に冷や汗をかいていた・・
昼過ぎに香織がやって来た。
『貴方、疲れてない?』
「ああ、大丈夫だよ。 この後斎場に行く事になるけど、帰りの時間が分からなくてね・・・・君はどうする?待ってて貰うのも何だと思って・・・何なら一足先に神戸に帰るかい?」
昨日帰りは一緒にと言っていた孝則であるのに、と云う思いが香織にはあったが、斎場まで母を見送りたい孝則の気持ちを思えば、それは口に出せなかった。
『そうね、明日は日曜日だし、この際ゆっくりして行けばいいわ』
「じゃあ、そうするよ。」
香織は昨日と同じ一般会葬者の席に並び、孝則は親族の席に着いた。
巌が最も祭壇に近い席に陣取り、その隣に今日は孝則が坐った。更にその横には美智子が坐った。
間もなく荘厳な袈裟を纏った同師三人が入場し、厳かな読経が始まった。
祭壇には昨夜にも増して夥しい量の盛り花が飾られていた。
親族・病院関係者は勿論、高名な政治家の名前も見受けられた。
昨夜と同じく、長い読経の中程から焼香が始まる。
まずは喪主の巌が呼ばれ、その後に『長男・孝則殿』と呼ばれ、孝則は焼香台の前に立った。
すると、孝則と同時に美智子も並んで立ち、二人同時に焼香した・・・・
(・・・・・これは・・・・・・・・・・)
一般会葬者の列から香織はその様子を見て、心にざらつく物を感じた・・・・
長い読経が終わり、登美子の棺が祭壇の上で開かれる。
一般会葬者が遠目で見つめる中、親族のみが棺の周りを囲み、手にした切り花を棺の中に飾って行った。
皆、目を赤く腫らし、泣きながら棺の中の登美子を見ていた。
中には棺に縋りつき泣く親族の婦人も居た。
香織にはそれが孝則にとってどんな間柄の女性なのか知らなかった。
美智子はその婦人の肩を抱き寄せ、何やら話している風でもあったが・・・
再び棺が閉じられ、屋敷の中から運び出されて行く。
会葬者が取り巻く冠木門の前に、黒塗りの霊柩車が停められ、孝則や文雄らの男性に担がれた登美子の棺が車の中に納められた。
此処で喪主・花田巌から会葬者に対する御礼の言葉が述べられた。
孝則はその横で登美子の遺影を持ち、泣いていた。
美智子はその横で登美子の位牌を持っていた。
巌の挨拶が終わると同時に、巌・孝則・美智子の三人は黒塗りのハイヤーに乗り込み、他の親族・関係者も同様に他車に乗り込み、あわただしいうちに斎場に向かい、消えて行った・・
香織は散会する会葬者の中、独りその葬列に向かい深々と何時までも頭を下げていた・・・
(・・・ごめんなさい、お母さん・・・・・)
登美子にとってただ一人の愛息を勘当と云う立場に追い込み、遠く離れた神戸で最後を看取らせる事の出来なかった事に対する詫びであった。
良家の子女で苦労知らずの登美子であったが、何よりも孝則の気持ちを尊重してくれた母であった。
巌の大反対を押し切り結婚した相手の香織に対しても、巌に隠れ、何度か神戸まで逢いに来てくれた母であった。
そして、香織に対しても深い愛情をかけてくれた母であった。
本来ならば自分も斎場まで行って、登美子の骨を拾いたい香織ではあったが、何とか孝則だけはその場に臨めるという事で自分を納得させるのであった。
香織は最後まで孝則と言葉を交わす事無く、独り神戸に帰るべく、大宮を後にした。
作品名:夢の途中4 (121-151) 作家名:ef (エフ)