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夢の途中3 (86-120)

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章タイトル: 第14章 ラベンダーの香り 2008年夏


優一は由美と食事をした翌々日に、大阪駅から新幹線の始発に乗って東京に向かい、羽田から旭川空港に飛んだ。
今日の優一は先日由美から『誕生日プレゼント』として送られたピンストライプのネクタイをしめていた。
いつの間にか54歳になっていた。
空港からは『プリンセスホテル行き』のバスに乗り継ぎ藤野に昼過ぎに着いた。
駅から商店街を歩き、【喫茶・ラベンダーの香り】の前を通り、これから5か月余り定宿とする【常盤ホテル】に向かう。
香織の店は日曜日で休みの様だ。
約一か月前、一週間程藤野に滞在した折には、古畑の薦めも在って良く香織の店には通った。
当時、まだ短期間の視察と云う事で、宿舎は新プリンセスホテルを遣ったので朝夕はホテル内で済ますか、古畑達と外食したが、昼は2度程【喫茶・ラベンダーの香り】で摂った。
古畑が【日本一のカレー】と薦める通り、ビーフカレーは美味かった。
その前日、古畑と飛び込みで入った折には残念ながら売り切れて無かったが、間に合わせで手早く作ってくれたオムライスもコレはこれで、町の洋食屋に負けない味で美味かった。
明日の朝から、【期間限定】では在ったが、優一もこの店の【常連】となるのであった。

 【常盤ホテル】は築30年の鉄筋3階建てで、約20室の部屋が在った。
優一が使う部屋の広さは約12畳程で、元々はツインルームだったのを、ベッドをひとつ減らして貰い、その空間に読み書きの仕事が出来るように大きめの机を入れて貰った。
部屋の窓は西向きについているから、夏の西日で結構熱いとも思えたが、日中は仕事で居ない訳で、ましてや北海道の気候なら、冷房を遣う機会も少ないと思えた。
入口の右脇にはお決まりのユニットバス・トイレが付いていたが、都心部のビジネスホテルから見れば十分ゆったりとしている。
おそらく夏の間はシャワーで済ますだろうし、天然温泉も豊富なこの地に在っては、市営・町営の日帰り温泉など車で10分も走れば幾らでもあった。

 このホテルの経営者兼支配人兼従業員は土方歳男と言い、今年45歳になる男性であった。
彼の曾祖父は元々上州の農民の出であったが、幕末にあの新撰組の副長・土方歳三が函館の五稜郭に立てこもった折りに行動を共にし、歳三の身の回りを甲斐甲斐しく面倒を見、彼が自決する際にその礼の代わりに【土方姓】を名乗る事を許されたと云う。
以来、血縁は無いものの、曾祖父は五稜郭から生き延びて土方姓を名乗り、函館からこの藤野に流れ着いて土着したらしい。
土方歳三本人を【初代】とするならば、現常盤ホテル・社長兼支配人兼従業員である彼・土方歳男は数えて4代目・土方家当主と云う事になる・・・

かの『国民的テレビドラマ・北の国から』のロケが行われた15年前には、一時このホテルの殆どの部屋をロケ隊が借り上げ、東京から毎日のように有名な俳優や女優が宿泊したそうだ。
当時は一階に小さなレストランもあり、従業員も10名近く居て、連夜レストランで寛ぐ【スター達】の相手をした事が彼の自慢だった。
もっとも今は駅前より少し郊外にある新プリンセスをはじめとする大規模リゾートホテルに客を奪われ、観光ではない商用の客がポツポツ来る程度となり、従業員も一人消え二人消え、ついでに?女房まで消え、子供も居なかったため、とうとう独りで常盤ホテルの面倒を見る事になっていた。
部屋は20室程あったが、常に10%から20%程度の稼働率であったから、食事を出さないこともあって独りでも十分だった。

優一が【税金】とも言える彼の『昔話(自慢話)』に一通り相槌を打ってから、少し前から送っていた日用品の荷を解き、整理していると、時間は瞬く間に経って行った。
旭川空港で昼食を摂って、バスで藤野駅に着いたのが午後2時前だった。
今はもう7時を過ぎていた・・・
(・・・・(--〆)ちょっと、『昔話』が・・・長かったな・・・・・・・)

優一の部屋から、丘陵地の西に陽が沈んで行くのが見える。

その朱色の光の輪の中で微笑む女の顔が見えた・・・・
(・・・(・_・;)・・・瑛子?・・・・・・・・・・)
女は光の輪の中で手を振っている・・・・・

西日に目が慣れて来ると、女がホテルの傍の建物の上に居るのが分かった。
物干し台の上にノースリーブのワンピースを着た女が微笑んで何か言っていた。
『今日、お着きになったんですね~♪(^.^)/~~~』
30mほど先にある物干し台から優一に手を振っていたのは
【喫茶・ラベンダーの香り】の女主人・花田香織であった。
常盤ホテルは香織の店の前を通り、10mほど歩いて左に曲がり、更に20m程行ったところに在るのだが、三階で最も西寄りの優一の部屋と香織の家の物干し台は向き合う形になっていた。
『なんかご不便はありませんか~?(^_-)-☆』
香織の背後から黄金の陽が眩く射して、彼女の微笑みが慈愛深い観音菩薩のように見えた・・・

「はい、ありがとうございます(^^)/ お店と、こんなに近かったんですね(^。^)y-.。o○ 
あ、明日からモーニング、ヨロシク♪(*^_^*) 」
『はい、お待ちしてますね♪(#^.^#) 林さん、今夜はどうなさるの?また古畑さんと呑みに出かけるのかしら?』
「いえ、今日は日曜ですし、わざわざ札幌から来て貰っては彼の奥さんに恨まれますよ^^;・・・今夜は駅前の居酒屋で済まします(^。^)y-.。o○」
『あら、藤野一日目の夜をお一人で?・・・・・・・
ねぇ、良かったら・・・・・・大したもの無いけど、ウチでお召し上がりになりません?
二人で林さんの歓迎会しましょうか?(^_-)-☆』



『もしよろしかったら・・・夕食、ウチで召し上がりません?大した物は出来無いけど!』
香織は20m先の物干し台から口に手を添えて叫んだ。
「しかし・・・・それじゃママに御迷惑でしょ?」
優一も負けずに口に手を添え大声で言った。
『うううん、良いの!ホントに大した事出来ないから!
林さんこそ御迷惑でなかったら遠慮なさらないで! ね?(^_-)-☆』
「ホントに?・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて(*^。^*)・・・」
『ホント?じゃあ、20分後!・・いえ、30分後に店にいらして!(*^_^*)』
「はい、伺います。30分後ですね(^。^)y 」
香織は優一に微笑みを投げかけて部屋の中に消えた・・
優一は香織の消えた物干し台を暫く見ていた。

【京のぶぶ漬け】と云う話がある。
優一が生まれ育った京都には建前や外面(そとづら)とは別に、京都人のよそ者を容易には受け入れない閉鎖的な一面を覗かせる話である。
ある都市銀行の支店長が京都支店に赴任し、顧客である老舗和菓子屋に独りで挨拶に行った折、その店の女将さんとの『はんなり』とした物腰の柔らかい人柄に惹かれ、つい話しこんで長居をしてしまった。
そこで女将が、「どうどす、お腹おすきになりはったんとちゃいますやろか?何にもおへんけど、【ぶぶ漬け】なっとお出ししまひょか?」・・・・・・・・・・・