夢の途中2 (49ー86)
まだ「花畑」のシーズンには早いこの時期であったため、
館内には観光客でごった返す程の賑わいはまだないものの、初夏には花畑、秋には紅葉、そして冬には上質の雪が降って、このホテルも活況を呈するのだろうと思われた。
今回は一週間ほど掛けて、工事前の業者との打ち合わせ確認をし、一旦大阪に帰った後7月上旬に行われる『鍬入れ式』から、11月上旬までの中間完工式までこの地に滞在する事になっていた。
まずは駅前から河川敷きのバイパス用地を優先的に開通させ、
雪が解けた翌年4月から残り半分の道路を完成させる予定だった。
今夜は古畑の計らいで、他のスタッフとの顔合わせとなる酒席は明日となり、優一はタップリの自由時間を得る事が出来た。
優一は10階の自室から眼下に広がる藤野の丘陵地を眺めていた。
時間はまだ6時を回ったばかりで、この北の大地にも
一年で最も長い陽の光を降り注いでいる。
けれど、眩い光は既に西側の丘陵地の上に在って、
間もなく朱に燃えて消えて行くに違いない・・
最後の閃光を放って消えゆく我身と比べ、
その西方の何処かにいる人の面影を辿った・・
藤野に来て三日目の午後、古畑と優一は【喫茶・ラベンダーの香り】を訪れた。
工事を受け持つ地元の土建業者との打ち合わせやら、
『鍬入れ式』での来賓予定者のチェックで市の担当者との打ち合わせやらですっかり昼食を摂り損ね、古畑の強い薦めで、【ラベンダー】のママが作るビーフカレーを食べようと云う事になったのだ。
『あら、いっらしゃい♪ あ、部長さんも♪(#^.^#) 』
「ママ、また来ましたよ♪(^。^)y-.。o○ 」
[ママ、部長に例のビーフカレー出して上げて♪(^^)v]
「日本一美味しいビーフカレーが此処に来れば食べれると聞いて、お昼ごはんも辛抱して来ました^^;」
『え?そんなァ~、日本一だなんてぇ~、古畑さんも冗談がキツイわよォ~(>_<) 』
[いや、おおげさに言ってるんじゃないよ、本当にママが作るビーフカレーは日本一だと思ってるから!(-_-)/キッパリ]
『(#^.^#)有難う・・・でもねぇ、今日に限ってカレー、もう売り切れちゃったのよ(/_;)・・・・・言ってくれたら他のお客さん断ってでも取り置きしておいたのに・・・・ゴメンなさいね^^;・・』
[ええ~~!(ToT)/~~~売り切れ~~?そんなの無いよォ~、ママ、部長に今まで我慢して貰ったんだから、何とかならない?(>_<)]
「古畑君、これは仕方ないよ、人気のカレーなんだからこんな遅くの時間に来て戴こうなんて、こっちの虫が良すぎたんだ=^・^=)・・良いじゃないか、まだ明日もあるんだし♪
お楽しみは明日ってことで♪(^。^)y-.。o○」
『え?部長さん、明日もこちらに?じゃあ是非明日も来て下さいな?(#^.^#)腕によりを掛けて美味しいビーフカレー作りますから♪^_^ 』
[いやあ、部長にそう言って貰えたら僕はそれで♪(=^・^=)
いや、カレーも絶品ですけど、ママが作るモノ何でも美味しいですから♪!(^^)! ママ、じゃあ、何でも良いから食べさせて~!(ToT)/~~~もう腹ペコで死にそうだよォ~~!]
『アラアラ、一番お腹すかしてたのは古畑さんのようね♪
(^_-)-☆部長さん、オムライスでも良いかしら?』
「ああ、オムライス、良いねぇ~♪それを戴こう♪(^。^)y-.。o○」
香織はカウンターに坐る二人の目の前で手早く調理に掛った。
『そうなんですか、7月から11月までこちらで?
何かとご不自由ですわね・・・・』
「いや、独り暮らしは慣れていますから」
[ママ、林部長はこう見えて独身なんだよ・・]
「おいおい、この身の恥を曝すなよ・・・」
[あ!失礼しました・・・]
優一と古畑は香織の作った大盛りオムライスをウマイウマイと平らげた後、食後のコーヒーを楽しんでいた。
[あ、それでねぇママ、ここの通りの奥に行ったビジネスホテル、・・・ん~~、何て言ったかな?]
『【常盤ホテル】のこと?』
[そうそう、常盤ホテル!そこに林部長が工事の間お世話になる事になったから、何かと宜しくお願いします。]
『アラ?確か常盤ホテルは素泊まりで朝食も夕食もやって無いんじゃない?』
「ああ、いいんです、僕は朝食は取らない習慣ですから・・
夕食は何かと外食するでしょうし・・」
『まあ、それはいけませんわ・・・朝食は十分摂らないとお体に悪いですのに・・良かったらウチで召し上がりません?
ウチは毎朝7時から明けてますから♪
モーニングをお召し上がりになるお客さんも多いですし♪
是非、いらっしゃって?』
[ママ、ありがとう♪僕もその方が良いと思ってたんだ♪
部長、是非そうして下さい!四ヵ月以上の長丁場ですし、ママの作るモノを食べてたら絶対安心ですって!]
「そうかい?・・・うん、それじゃあお言葉に甘えてそうするかな♪」
『お言葉に甘えてだなんて♪
こちらもお得意さんが一人増えて大助かりだわ♪』
そんな訳で優一は藤野市滞在の間、香織の店で朝食の世話になることになった。
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章タイトル: 第11章 ハンカチ・・ 1976年夏
瑛子を失った優一は、唯ただ怠惰な日々を過ごしていた。
何もする気にならず、誰にも会いたくなかった・・
瑛子と看護短大で同級生だった大井泰子は、優一とも高校時代の同級生であり、結果的に二人を結びつけた『キーパーソン』でもあった。
逸早く瑛子の事故の事を知り、優一の家族に連絡をとったのも泰子であった。
優一の家族から彼の帰国を知り、慰めの言葉を掛けようと、
自宅に出向いた泰子であったが、優一は会わなかった・・
泰子同様、高校時代のバンド仲間・同級生が瑛子の死を知り、失意のうちにある優一を気遣ってはいたが、彼らにさえ優一は会いたくなかったのだ・・
どんなに慰められたとて、瑛子は戻って来ない・・・
そんな思いが優一の心を固く閉ざしていた。
自室から殆ど出ないまま、抜け殻のような優一は毎日眠り続けた・・
8月も終わろうとしていた頃とは言え、京都の残暑の厳しさは生半可なものではない・・
ましてや、自室にクーラーの備えなど無い時代である。
恋人を失った喪失感が、優一自身を自虐的にしていたのかもしれない・・・
いっその事、死ねるものなら・・・と
8月が終わり、優一がそんな自虐的な毎日を十日程過ごした9月の初め、一通の小包が届いた。
差出人には 『藤 春子 』とあった。
瑛子の妹だった・・
『 林さん、初めまして 藤瑛子の妹で春子と云います。
先日、泉佐野の自宅へ林さんが姉の仏前にお参りしてくれた事は、後で母から聞きました。
私は姉が亡くなってからずっと休んでいた食品会社のアルバイトにやっと復帰した一日目で、職場のおばちゃん達が
『激励会』と言って、晩御飯に連れて行ってくれたので、
林さんには会えませんでした。
私は姉から林さんの事を少しだけ、母には内緒で聞いていました。
バンドをやっていて、とても優しい素敵な人だと言っていました。
作品名:夢の途中2 (49ー86) 作家名:ef (エフ)