庭自慢とビスマルク
そのまま、夫は彼女が知らなかった愛車のシボレーにトランクと妻を積み込み、逃げるようにして駅を飛び出した。怒るよりも先に、彼女は恥じた。夫の情報を映画雑誌で知るようになって数年。若い男女に人気があるのだという。ファンに見つかれば、気まずい思いをするだろう。今でも苦々しく思っているに違いない。証拠に、新居へ連れ帰る途中、夫は肝心の妻を車中に残してブティックに飛び込んだ。買える限り、少なくとも、ゴシップ誌の記者たちが家に押しかけてきて写真を撮っても問題ないような服をしこたま買い込んで屋敷に向かう中、二人は一言も口をきかなかった。美徳だと母に教えられてきた沈黙は、揺れる車のシートに身を拘束する、重苦しい枷と化した。今はすっかり慣れてしまったが、あの時は耐えられず、思わず涙ぐんでしまった程だ。
俯いたままの彼女を夫が抱きしめたのは、車を車庫に放り込み、玄関の扉を潜ってからのことだった。
『ようこそ、我が家へ』
待ちかねていたぬくもりはすっかり台無しになってしまったが、これ以上迷惑を掛けたくなかったので、グリアは歯を噛み締めたまま必死に頷いた。結婚して早13年。ブロードウェーのコーラスボーイやいかがわしい酒場でのダンサーをして食い扶持を稼ぎながら、チャンスを掴むためハリウッドにまで足を伸ばしていた夫と同じ屋根の下で暮らしたのは、その半分にも満たない。けれど、これからは。とりあえず安心しなければならない。それが妻の役目だと彼女は頑なに信じていた。
糊付けをしていないシャツと、高級なスラックスに身を押し込み庭に出てきた夫、グレゴリオ・レディは、こちらに来る前たらいの傍を通り過ぎるとき、はっきりと顔を顰めた。無論、昼前の光を倦んでいる訳ではない。
「捨てろよ、もう」
「でも」
「取れるわけがない」
中に突っ込もうとした手に、思わず叫ぶ。
「駄目よ、漂白剤が入ってるの」
慌てて引っ込められた指先は宙ぶらりんで、見た目はあくまでも透明な液体の上に影を落とす。それでもまだ頭が動かないのか、しばらくぼんやりと滲んでいた瞳が、数秒後にやっと見開かれる。
「漂白剤?」
繭のように白い指が、だらしなくくつろげた襟元に伸びる。
「アルビニのシャツを漂白剤につけた?」